薬クスリ] | 五階から胃薬

薬クスリ]

人間というものは凄いもので、薬というものを作った。
考えてみればとてつもないことである。
犬も猫も、怪我をすれば患部を舐める。
つばをつけておけば治る、いや確かに、だが我々は薬というものを持っている。
故障箇所が体内であれば、舐めることは出来ぬ。
そんな時は薬を飲むのだ、もしくは手術をすればいいのである。
人間というものは凄い。


例えば怪我をする。
怪我をして、痛んだり膿んだりする仕組みを知っているから、人間はそれにあった薬を塗布したり服用したりするのだ。
例えば病気をする。
病気というものがどういうものだか知っているわけであるから、それにあった薬を選ぶ。
そしてそれによって、改善されていることを自覚し、喜ぶのである。

改善している、そう思えるのは当然である。
痛みが消えたり、体調が良くなったり、目に見えて健康になっていったり。

しかし、なかなか難しいところもある。
精神に対して効果を発揮する薬に関して。

気持ちが落ち込む。
それも、普通の落ち込み方ではない。
もうどうにもならないくらいに。
そんな時に、薬を飲んでみる。
気持ちが晴れたとしよう。
それは、薬が効いているのだと思う。
しかし気持ちが晴れなかった場合、薬は効いていないのだと思う。
効いているのか効いていないのか、それを判断する主の部分が変化するのである。
従って、薬の効果を客観的に見ることは困難なのではないだろうか。
薬で改善される前と後を、観察できるのならば、その効果を知ることは出来るだろう。
だが、そういった類の薬では、観察することが出来ない。
主観それ自体が変化しているのだから、客観的に自分を観察しようとして、果たして変化を見出せるだろうか。

なんだか最近安定しているな、まあそう思えれば大成功なのだろう。


世の中には五万と薬局があって、その中に五万と薬が売られている。
薬、というものではないが、健康食品として、いろいろな錠剤やらなにやらも売られている。
この健康食品というのは、いったい何なのか。
特にダイエットに効果を発揮すると謳う商品が目を引く。
脂肪が燃える。
代謝が良くなる。
云々。

とりあえずどれもこれも「絶対に効きますよ」などとは言っていない。
それが眉唾である。
という感じで持論を述べるや、妻にいやな顔をされるのである。
どうして素直じゃないのと。
信じてもいないもの、いや信ずるに値しないものだと思っているから良いのだが、そんなものには一銭も払いたくないだけだ。

「脂肪の70%を燃焼する力のある錠剤」
そんなものの存在を知った。
あまりにもテキトーな説明である。
脂肪とは何か。
70%は何に対しての割合なのか。
「烏龍茶の脂肪分解パワーを遙かに凌ぐ」のだそうだ。
遙かに、とはどれほどなのか。
ダイエットに適していると謳っておきながら、烏龍茶の名前を出してくるというのは、失敗ではないか。
烏龍茶に痩身効果を求めて飲んだことがあろうか、いやない。
烏龍茶は何の変哲もない日常的な飲み物である。
そんなもののパワーを遙かに凌いでも、ゼロに何をかけてもゼロである(まあゼロとは言わないが)。
たかが知れている。

手軽なお値段で簡単に痩せられるのであれば、一週間くらいの昼食代を全部それに回して購入します。
手軽に痩せられないって知ってます、だからこそ、一週間きっちり昼食を採るのです。
一週間きっちりファストフードを。
メガ何とか的な奴らを。
画期的な薬が出ないせいです。

嗚呼痩せたい。