僕はいつまでも独りでいるのだろうかと星を見上げながらぽつりと呟いた。つまらないことを言う。指先が震えてしかたないのは、身を切るような寒さの中、じっと天を仰いでばかりいるからだ。北極星を頂に据えるためには北極点に立たなければならない。自分が地軸の一部になって、丸い独楽が回るのを想像するに、そうやって星の一部になれたなら孤独を感じずにすむだろうにと寂しい想像をした。

 いつも独りでいるのはつらい、と、よだかは僕の頭の上でなく。いつも独りであったなら君はここにはいないだろうと僕は答える。返答を求めていなかったよだかは裂けた口をぎゅうと噤んで、無言で僕に訴える。よだかには母と父が居て、それらはやはりよだかで、彼らは寄り添ったからこそ今の孤独なよだかを生み出したのだと、よだかはちゃんと知っている。「私は孤独であるけれど、それは結局自らが独りでいることを選択したに過ぎない」よだかのなき声はまったくもって、今僕の在るままと同じである。

 独りが嫌ならば、独りを辞めればいい。独りにならないためには、他者と向き合わなければならない。そこに生じるのが好意だけとは限らないから、摩擦を厭うて背を向けて、独りの世界に逃げ込んでいるだけなのだ。自らと同じ物なのに、僕という個人を受け入れてもらえない、ならば、そのちくちくざらざらとした世界の中に、居続けることに幸福を見出すことはできない。

 さて、自らと同じとは何か。「同じ言葉を使って、意思の疎通ができる社会のこと」はぐれ蝙蝠がきいきいと、聞き取りにくい音で鳴く。例えば人間なら、孤独を与えるのは言葉だろう。自分の思いを伝えられない、理解してもらえない。そのときにこそ、伝えるための努力ができるか否か。「独りでいるのは、能力の欠如か」「逆に、選び取ることもできる」

 独りでいると言うと、お前の生活は誰が支えているのだと栗鼠が問うた。衣食住を支えるは、名も知らぬ誰かの働きのお陰だと言う。支えられているから孤独なのではなく、誰も支えないから孤独なのだ。余計な知恵がついた僕はただ生きていくために生きることができない。さりとて鼻先に他者を据えてこころを探りあうような、氷を呑むような瞬間に立ち向かう勇気もない。

 僕には、相手に差し出せるような、幸福なこころを持っていないのだ。

だから「同じ言葉を使って、意志の疎通ができる社会」を一足飛びに跳び越して、いっそ世界そのものになれたらいいと願っている。暖かい春や、星の自転、芽吹く緑、そういったものになってしまえたらいいのにと。そのような概念に人格を与えることすら驕りだと楡の木が揺れる。枝には懸巣。見上げる空は幸福などない虚い風ばかり吹いているのだけれど、震える力すらなくなった指先が、じんわりと柔らかな土に沈んでいくのを感じたので、僕はもうすっかり安らいだ気持ちになって、夜闇に見えるはずもない輝く懸巣の瑠璃色の羽を幻視した。