N市立病院の外科外来を担当する川原医師の腕は傷だらけです。動物実験が怖いとか嫌いとか苦手とかなんとか言って、自分の体を使って実験するほうがよっぽどましなのだそうです。表面麻酔を使ってメスで切ったりカッターで切ったり百均の包丁で切ったりよく研いだヘンケルスの包丁で切ったりして治り方の違いを観察しています。腕がどんどん傷跡だらけになって、最近は見栄えがよくないので足を使っているそうです。不思議に治りがよいのは、きちんと消毒しているからなのでしょう。
 先生の噂を聞いて腕や手首を切ってしまう人たちが受診に来ることがあります。先生はよろこんで、彼ら彼女らがどうして腕を切るのか、どんなに生きるのがつらいのか苦しいのか、孤独だの憎しみだの、言葉にならない単語の羅列、虚無感だとか躁鬱だとか絶望だとか誇大妄想だとかを一通り聞いたあと、自分の実験のためにどのへんをどのように切って同じような体格生活習慣の人を8人だか10人だか使って比べて半分は利き腕で半分はそうじゃないほうだとか食事とお風呂はどうするかとか説明しだすのですが、その頃には彼らはなんだかしょんぼりとしてしまって結局先生の前で腕を切ることなく帰っていってしまいます。かわいそうな先生。たまに本当に協力してくれる素敵な人もいるのですが。


 私の所属する学部では毎年一人必ず自殺者が出ます。昨今の20歳なんて弱弱しい神経のまますんなり生き残ってしまって、うっかり大学まで来てしまうものですから、そこで初めて自分の価値観と大きく違う人間たちと強制的に向かい合わざるを得なくなって、適応する能力も忍耐力も発揮できないままこの世から離脱してしまうようです。そういう分析をすると、ああ次に死ぬのはこの人かな、となんとなく匂わせる人はどの学年にもいるのですが、必ずしも孤立した寂しげな人ばかりが離脱するわけではなくて、お勉強はそこそこに、バイト恋愛サークルボランティアに生き生きと従事して、典型的な青春を謳歌していたはずの人が、ある日自宅のバスタブで溺れていたりします。
 四月になって新しい年度となって、また一人だれかいなくなるでしょう。毎年必ず何人か留年しているそうなのですが、私の所属するコミュニティでは全員で単位をこぼさず取ることが強い環を作っているので、その環の外にいる人のことはちっともわかりません。それと同じで、100人弱のこの学年の誰かがふいと姿を消しても、気にも留めない者が過半数なのでしょう。ここ最近は女子の自殺が多いようですが、学部の特性上仕方のないことのようにも思います。私の所属する環の外では、次に誰がいなくなるのかという話題でしばしば私の名が挙がるようです。恋愛遍歴の激しいあの子や、いつも一人で一番前の席に座るあの子とともに。なかなか良い予想だと思います。


 私の趣味は献血であってリストカットではありません。献血と自傷行為の区別がつかない人間が予想外に多く、残念です。昔は200mL献血という体に優しい献血があったのですが、最近は400mL献血しか受け付けてくれず、身長の低い私は門前払いを食らうことが多いです。とても残念。気合を入れて献血センターに行くときはのんびりと成分献血に従事するのですが、ふと思い立って献血カーに飛び込んで、提供した量と同じだけの缶コーヒーを飲んでぐったりとするなんてことができなくなってしまって寂しく思います。
 自分の体をいじめたいとかそういう気持ちなのではありません。誰かの役に立てるのならば喜んで協力したいと思えど、自ら先頭に立って困っている人の下に馳せ参じ、労働と時間を惜しみなく与えることができない消極的でいくじなしな者で、街頭募金に100円玉を入れたり折を見て献血にいって、簡単に自分を分け与えることで誰かを助けた気になって優越感に浸っているだけの、行動力のない人間です。