僕の走る道

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人生の迷子、燻り上手な千里眼のぶろぐ

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9月1日カレンの卒業が発表された。

あれから10日以上が経過し、個人的には気持ちが落ち着いてきた。

ただ気持ちが整理できたとか受け入れられたというよりは、実際はまだ現実感が無いというのが大きいと思う。

 

今回のカレン卒業の報を受けてアリスの卒業当時を思い出した人も多いのではないだろうか。

僕自身も最初に大切なお知らせを見た時に湧き上がってきたなんとも言えない感情が、それでも確かに以前にも感じた事のある感情だと思った。

 

アリスの卒業はとても急だった。

2014年5月26日、ClariSの3rdアルバム「PARTY TIME」の発売をもってアリスが卒業する事が発表される。同日の正午、FC会員宛てにアリスから卒業を知らせるメールも届いた。それから約一週間後の6月4日にアルバムは発売されアリスは卒業した。

その時の感覚は、「今日で卒業になっちゃったんだ」という感じ。

当時はまだライブ活動もしておらず、当然顔出しもしていなかったClariS。

FCメール等は届いていたがそれでもアリスがどんな人なのかはわからなかった。

だからイメージ出来るのはどこか曖昧な存在で、また直接何か送り出せる機会もなかった。

卒業に際しファンとして出来る事はほとんどなく、せいぜいFCメールを送るかファンレターを送る事位しか出来ない状況。自分も混乱しながらFCメールを送った記憶があるが、それでも反応が返ってくるわけでもなく、ただ一方通行のお別れができたというだけだった。

正直区切りのつけ難い卒業だった。

 

今回のカレンの卒業は「ClariS AUTUMN TOUR 2024」をもっての卒業という事で卒業発表後に直接お別れを言えるチャンスがある。またツアー前には「AUTUMN TRACKS -秋のうた-」、「ClariS 〜SINGLE BEST 2nd〜」の発売を控えており、「AUTUMN TRACKS -秋のうた-」発売に合わせて恒例のWEBラジオ「ClariS Autumn Radio」も配信される。ツアーまでは2か月の時間がありそれまでの間にもClariSNetナイショの話の更新があるだろう事を考えるともしかするとカレンの口から卒業に向けた想い等が聴ける機会があるかもしれない。

 

そんな状況の中、今回わざわざ久しぶりにブログを更新してまで長文を書こうと思ったのは、アリスの卒業を経験したうえで「カレンの卒業はこうあって欲しい」と思う所があったから。

先に触れたようにアリスの卒業は、とても急でこちらからは一方的に何かをお伝えする事しか出来なかった。学業専念の為という発表はされていたが、その後公式にアリスについて触れる場面、語る場面というのはあまり無かった。

テレビ番組への出演も徐々に増えてきてClariSがどんなグループか紹介される時も、元々アリスというメンバーがいた事や途中でメンバーが変わった事に触れる事あまりない。それについて異論があるわけではない。初めてClariSを知る人にとっては少しややこしい印象を与える情報になってしまう事もあるし、今のClariSをシンプルに説明した方がいいとも思うからだ。ただアリスの卒業後、あまりにアリスについて触れられる機会が無かった事でファンの一人として感じていたのは「アリスの事って話題に出していいの?」という事だった。当時はクララ自体がアリスの卒業をどう思っていたのかもわからなかったという事もあったのでClariS POST等でもあまり書かない方がいいのかなとか思ってしまう事もあった。もちろんアリスは卒業して芸能活動自体を離れ一般人になったのだからあまり公に話さない方がいいという配慮があった可能性もあるが。

そういったもやもやをどこか抱えながら応援していた部分があったので、武道館でのironyでアリスのイラストが登場して一緒に唄う演出は本当に鳥肌がたったし泣きそうになるほど嬉しかった。アリスも一緒にClariSとして武道館に来たって思えたから。また「ClariS新章」という番組の中でもアリスの卒業について語ってくれている場面があり、アリス時代のClariSもちゃんとClariSの歴史としてきちんとテレビで、本人たちの言葉でファンに伝えてくれている事が嬉しかった。

ただそういった事があるまでアリスの卒業について自分がある種のタブーのように感じていたのは上でも触れた通りである。そして今回のカレンの卒業について絶対避けてほしいのは何かカレンについて触れ難くなるような卒業の仕方になる事だ。

だからファンとしては「これまでありがとう」「新しい夢に向かって頑張ってね」と送り出したいと思うが、公式も「10年間ありがとう、お疲れ様」という感じできちんと送り出しをして欲しいのだ。

 

カレンが加入してからの10年、ClariSは色々なことに挑戦してきたしこの10年の歩みは簡単には語りつくせない。そしてそれにはカレンの存在っていうのは絶対欠かせなかったと思う。ファンとの距離の取り方も上手だったし、少しおとなしめな印象のあったクララとファンとの距離をつないでくれる存在でもあったカレンが居た事が、今のClariSとファンの関係性を作り上げていると言っても過言ではないだろう。カレン自身も「仮面ジュブナイル」の歌詞にもあるようにひまわりのようにみんなを元気にしてくれる存在だったし、ライブでのあおりでみんなを盛り上げてくれたり、楽器やタップダンス等色々な挑戦をして常にClariSの世界を広げ続けてくれていた。そんなカレンについてこれからも語っていれるような卒業を迎えて欲しい。

 

自分の理想を言ってしまうと、例えばアリスとクララは今も普通に連絡とっていて偶に一緒にごはんを食べたりしているとかいう関係性が続いていて欲しい。カレンが卒業してもクララとカレンが偶に一緒に遊びに行ったり時には旅行に行ったり、はたまた夢を叶えて素敵な家庭でお子さんでも育てているとなれば、カレンの子と遊んだりする未来があるかもしれない。そんな話をファン相手には気兼ねなくできるような卒業ならいいなと思う。僕らがカレンどうしてるのかなとかふと思った時に、「この前一緒にごはんいったんだよ」とか「元気にしてるよ」ってクララがClariSNetとかで話してくれるような、クララとカレンのつながりがいつまでも見えるような感じならいいなと思うし、そんな感じになれるような送り出し方が出来たらいい。

 

卒業すればファンとカレンの直接のつながりというは現実として途切れてしまう。ただクララを通じてどこかで繋がっていれたら嬉しいなと思ってしまう所はある。それにクララとカレンの関係性や、活動を始めた当時のクララとアリスの絆はClariSの魅力のひとつでもあると思う。それが卒業で無くなってしまうなら辛いなというのが一番自分の中では大きな事だったりする。でもそれが卒業したって続いているし、これからも続いていくよっていうのが感じられたらそれはすごく嬉しい事だ。

 

ファミリーとか家族という言葉をClariSの二人はファンに対し使い続けていてくれた。その観点で言うと卒業して誰かと結婚をしてそして音信不通じゃ寂しすぎるなって。せっかくできた絆みたいなものが途切れてしまうのって残念だし切ない。もちろん卒業理由から芸能活動から離れて一般人として生きていくのだろうと思うし、そうなると自分の事をあまり話題にしてほしくないという事もあるかもしれないので無理強いはしないけど、こんな形で一度つながった縁、切れてしまうのではなく形が変わっただけなんだって思えるような去り方をして欲しい。

 

きっとクララとカレンは仲良くこれからも関りがあると思う。そこにファンが関わる余地はないだろう。ただ形は変わってもいつまでも二人の絆は繋がっているんだって感じられて、そしてカレンについて思い出したり語ったり元気なのかなってファンが気兼ねなく言葉にできるような明るい卒業になりますように。

 

 

ここに書いた事は自分の勝手な理想。

一番は本人たちがこれまでの時間を大切な思い出にできて、これからの時間を幸せに過ごせることだと思う。

4月の上旬頃、事故にあった。

 

こちらはバイク、相手は自動車。

状況的には完全にもらい事故。

 

こちらは一時停止していたが、明らかにこちらに向かってくる車に対し危険回避のためバイクを斜めに傾けた事で致命的な接触は避けられた。

 

バイクのタイヤには接触の擦れた後が残っていたが、接触による傷はほとんどなく、勢いでバイクが倒れてしまったので転倒した側にはいくらか目立つ傷が残った。

 

お互いケガはなく、ドライブレコーダーもついていない。

相手側はこちらが動いていた事を主張。

さらに最終的には接触していないとまで言ってきた。

現場にて相手の車両は確認したが傷はいくつもあるものの、すべて以前からある傷だという事で接触による傷は自分の目では確認できなかった。

あまり相手と話したくなかった事もあるし、夜間で細部まで見切れなかった事もある。

何より警察が来てからその辺はしっかり見てくれると思ったというのもあった。

 

ところが警察の見分はあっさりしたもの。

事故証明等もその場では渡されず、先に聴取を受け帰っていいと言われた為、警察が相手車両をどこまできちんとチェックしたかわからない。

 

こちらの保険会社は状況的にもらい事故なので介入できないという。

 

最終的に相手保険会社からは接触は認められないが転倒の責任はあるので転倒による傷のみは弁済するとのこと。

こちらはタイヤの擦れ後が写真にも残っているし接触しているのは間違いないが、結局タイヤは交換するほどではない状況。

またフロントフォークに若干の擦り傷あるがもうなんだか面倒くさくなってきた。

 

最初は弁護士を入れて交渉しようとも思ったが、どの弁護士も忙しいと初回相談すら何週間も先になる始末。

自分の保険会社は何もしてくれない。

 

相手は停まっているこちらに向かって右折で前方からバイクを掠めるほどの距離で右折でこちらのいる路地に侵入してきたのに、開口一番「停まらなきゃいけない道路でしょ」と言ってきた。

ちなみに一時停止の標識はないし交差点手前で停まっていたし、中央線のないような路地だったがもちろん中央より左寄りにいた。にもかかわらずあれだけの至近距離を通過されて、納車まで半年以上待ってやっと手に入れたバイクを半年点検が済んだ数日後に傷つけられ、こちらが悪いように言われた。

相手は警察に言われなければ保険屋にも連絡しようとしていなかった。

こちらが聴取を終えて帰る際も「お互い気を付けましょう」と言われた。

最後まで謝られることもなかったし、接触もしてないといわれ、一人で騒いでるだけみたいだ。

大事に乗ってたバイクひっかけられて倒れて傷もついて、至近距離を車が通過してこんなに嫌な思いしても、相手は保険屋に任せとけばよくて、こちらは修理の見積もり取りに行ったり、先払いでとりあえず乗れるように最低限の修理してもらって、弁護士探したり、こういう嫌な目にあわないように事故の時に使った道は通らなくなったしドラレコも買ってつけてと色々する羽目になってる。

 

すごく理不尽で、最初示談交渉の中身を聞いた時はふざけるなと思ったしすごく足元見られているようで悔しかった。

接触の傷自体は大したこと無くて、正直これから交渉するにしてもそのために要する時間とかを考えると果たしてそこまで向き合う必要があるのかとも思う。

悔しさに目をつぶって、相手の出した条件でさっさと終われるならそれでいい。

それが相手の思うツボかも、とか加害者(あえてそう言わせてもらう)は保険料が上がるくらいしか実害ないとか考えるともやもやするけど、それによる機会の損失の方がきっとよりもったいない。

 

悔しいなんていう気持ちにはふたをしよう。

仕事とはいえ何故他人の為に時間を使わなければならないのか。


対価を得て生活する為である。


ではどこまでが仕事なのか。


目的を共有する事の出来ない人間や他者に敬意を払えない人間たちがズタズタにした職場の人間関係の為に時間を消費する事は本当に必要な仕事なのだろうか。


私はそんな仕事は放棄して自分の為に時間を使いたい。


いくらの減給を受け入れればそれが許されるのだ。

金より時間の方が私にとって価値あるものなのだ。

自分の時間が脅かされないのであれば減給だって甘んじて受け入れるさ。


どうか自分の為に自分の時間を使わせてくれ。