休日の朝。
快晴。
絶好のお出かけ日和。
手元のスマホが震え、LINEの通知が画面に光る。
送り主は夫。
写真付き。
画面に映るのは、某有名コーヒーチェーンの新作フラペチーノ。
背景にはキラキラと輝く青い海。
「海風浴びてリフレッシュしてきまーす!」 ……は? リフレッシュ? 誰が? 何から? いや、平日の仕事のストレスを発散したい気持ちはわかる。
痛いほどわかる。
でもね。
こっちは今、片手に黄色いゴム手袋、もう片手には使い古した毛先の開いた歯ブラシを握りしめている。
目の前にあるのは、換気扇の頑固な油汚れ。
絶賛格闘中。
休日の朝のこのコントラスト。
落差。
エグすぎる。
夫は今頃、海沿いの観光地で食べ歩きを満喫しているのだろう。
香ばしいイカ焼きの匂いとか、爽やかな潮風とかを感じながら。
対して私は、換気扇から滴り落ちるベタベタの油と、住宅用洗剤のツンとした匂いに全身を包まれている。
同じ日本で、同じ屋根の下に暮らしているのに、この休日の過ごし方の違いは何なのか。
家事というものは、本当に終わりがない。
果てしない荒野を歩き続けるようなものだ。
一つ片付ければ、すぐに次の汚れが見えてくる。
換気扇の油汚れを落とし終えると、次はコンロ周りの飛び散りが気になり始める。
そこを拭き上げると、今度は背後にある巨大な箱が視界に入ってくる。
我が家の冷蔵庫。
御年13歳。
人間で言えば中学1年生。
反抗期まっさかりのお年頃である。
最近、夜中になると「ブオォォン……」と謎の重低音を響かせるようになった。
自己主張が激しい。
ドアのパッキンも少し緩んできていて、しっかり閉めたつもりでも微妙な隙間が空いていることが多々ある。
そのたびに「ピー!ピー!」とけたたましい警告音が鳴り響く。
わかってる。閉めるよ。
でもそっちもちょっとは頑張って本体に吸い付いてほしい。
13年。
毎日休まず稼働して、よく頑張ってくれている。 でも、そろそろ限界かもしれない。 海沿いの街で気ままに散財している夫よ。
フラペチーノを飲み干し、海鮮丼に舌鼓を打っているであろう夫よ。
そのストレス発散の予算の数パーセントでいい。
新しい冷蔵庫を買うための積立資金に回してくれないだろうか。
いや、数パーセントじゃ到底足りないか。
いっそのこと、帰りに家電量販店にふらっと寄って、最新の大型冷蔵庫をノリでポチってきてほしい。
現実逃避しながらスマホで最新モデルの価格をこっそり調べる。
……高い。
30万とかする。
そっとブラウザを閉じる。
見なかったことにしよう。
ため息をつきつつ、現実に戻る。
今日のミッションは換気扇だけではない。
冷蔵庫の、特に冷凍庫の在庫整理を決行するのだ。
冷凍庫という場所は、家の中にあるブラックホールに似ている。
一度奥へ押し込んだら最後、二度と光を浴びることのない食材たちが静かに眠っている。
重い引き出しを思い切り引っ張り出す。
底の方から出てくる、霜がびっしりとついた謎のタッパー。
中身は……なんだこれ。
茶色い塊。
カレー? それともハンバーグのタネ? いつの時代の地層から発掘されたものか、全く記憶にない。
その隣には、ケーキを買ったときにもらえる小さな保冷剤の巨大な山。
なぜか捨てられない。
「いつか夏場のお弁当のときに使うかも」 「急に熱が出たときに冷やせるかも」 その「いつか」は、過去3年間一度も訪れていない。
頭ではわかっているのに、貧乏性が邪魔をしてどうしても捨てられないのだ。
でも今日は違う。
全部捨てる。
心を鬼にして、化石化した謎の食材と大量の保冷剤をゴミ袋に次々と放り込んでいく。 「もったいない」という感情は、冷凍庫の扉を閉めた瞬間に忘却の彼方へ追いやることにする。
無心で整理を続けるうちに、ふと一つの事実に気づく。
冷凍庫の貴重なスペースを占領しているのは、単なる「使いかけの半端な食材」だけではない。 「休日にスーパーでまとめ買いしたけれど、平日に調理する気力と体力が残っていなくて放置された肉や魚」たちだ。
特売シールが貼られていて思わずカゴに入れた、大容量の豚こま切れ肉。 安かったから買った鮭の切り身。 「小分けにして冷凍しておけば、平日の夕飯作りが劇的に楽になるはず!」 そう意気込んでラップで包み、冷凍庫に入れたまでは良かった。
しかし、いざ平日の夜、残業で疲れ切って帰宅したときに、カチカチに凍ったそれらの塊を見て絶望するのだ。 今から解凍する時間なんてない。
そもそも、ここから味付けをして、フライパンを出して焼く気力など1ミリも残っていない。 結局、冷凍庫の扉をそっと閉め、スマホでデリバリーアプリを開くか、自転車でコンビニへ走るハメになる。 そして冷凍庫の食材は、出番を失ったまま永遠の眠りにつく。 この恐ろしい負のループ。 根本的な原因はどこにあるのか。 「冷凍庫に食材がストックされていること」自体が問題なのではない。 「冷凍庫にある食材が、すぐに調理して食べられる状態になっていないこと」が問題なのだ。 そうか。そういうことだったのか。 ここで私は一つの真理にたどり着く。 毎日の家事に追われる私たちが本当に求めているのは、「グラム単位で安いだけの食材」ではない。 「疲労困憊の未来の自分を救ってくれる、極限まで手間を省いた手軽さ」なのだ。
ゴミ袋3つ分の不用品を出し、すっかり空っぽになった冷凍庫のスペースを見つめる。 綺麗になった。スッキリした。 でも、このままではダメだ。 また数日後には同じ過ちを繰り返し、謎のタッパーを生み出してしまう。 この美しく広大な空間を、未来の自分の平和のために有効活用しなければならない。 夫は外で美味しいものを食べて、海の景色を見てストレスを発散している。 ならば、私は家の中で、日々の夕食作りという最大のストレスを根絶するための投資をする権利があるはずだ。 スマホを手に取り、検索窓にキーワードを打ち込む。 「冷凍 魚 骨取り 焼くだけ」 もう、平日の夜に魚の小骨と格闘したくない。 子供が「骨があるからヤダ」と口から魚を出すあの瞬間のイライラを味わいたくない。 魚焼きグリルを洗うという地獄の後片付けも絶対にやりたくない。 でも、肉ばかりではなく、たまには栄養のある魚を家族に食べさせたい。 そんな私の強欲なワガママを全て叶えてくれる魔法のアイテムはこの世にないものか。 ……あった。 「訳あり 骨取り 無塩さば」 しかも大容量の1kg。 解凍すら不要。カチカチの凍った状態のまま、フライパンに入れて焼くだけで完成するらしい。 これだ。私が長年探し求めていたものは。 13年選手の冷蔵庫よ。 お前のお腹の中(冷凍庫)を、これからはこの骨取りサバで満たしてあげることにするよ。 これさえストックしておけば、仕事でHPがゼロになった水曜日の夜でも、たった10分で立派なメインディッシュが完成する。 夫が「今日のご飯なに?」と無邪気に聞いてきたときも、心の中で舌打ちすることなく、笑顔でサバを出せる。 迷わず「ポチっ」と購入ボタンを押す。 これで私の平日の平和は約束された。 夫の海沿いでのカフェ代と海鮮丼代に比べたら、はるかに安くてリターンの大きい自己投資だ。
夕方。 ガチャ、と玄関のドアが開く音が家中に響く。 「ただいまー! いやー、海風最高だったわ! めっちゃリフレッシュした!」 ほんのり日焼けした顔で、大満足の笑顔で帰ってきた夫。 手には、ご機嫌取りのお土産らしき紙袋がぶら下がっている。 「おっ、なんかキッチン綺麗になってない? 掃除してくれたの? サンキュー!」 自分が遊びに行っていたことへの罪悪感など微塵もない、無邪気な声。 まぁ、いいか。 私には、数日後に届く大量の骨取りサバがある。 これでこれからの夕食作りは劇的に楽になるのだから、心に余裕がある。 余裕が生まれると、夫のこの能天気さも少しだけ許せるような気がしてくるから不思議だ。 ふと、台所の奥から「ブオォォン……」というあの低いモーター音が聞こえた。 あ、冷蔵庫。 「ねえ、そろそろうちの冷蔵庫、新しいの買わない? 13年目だし」 私の控えめな提案に対する夫の返事は、紙袋からお土産のまんじゅうを取り出しながらの、 「えー? まだ冷えてるし使えるっしょ。もったいないよ」 だった。 ……ですよね。 ま、いっか。完全にモーターが沈黙して壊れるまでは、とりあえず様子見です。
Q&A(ブログ読者様からよくいただくご質問)
Q. ブログの中でポチっていた「骨取りさば」ってどこのですか? 気になります! A. 楽天で見つけた「ノルウェー産 訳あり 骨取り さば」です! 骨が全部手作業で抜いてあって、無塩なので色んな料理にアレンジできて最高です。
Q. 冷凍のまま焼いて、本当に中まで火が通るんですか? 生焼けになりませんか? A. 大丈夫です! フライパンにクッキングシートを敷いて、凍ったままのサバを乗せて蓋をして弱火〜中火でじっくり焼くと、ふっくら火が通ります。グリルの掃除がいらないのが神です。
Q. 「訳あり」って書いてありますが、味や品質は問題ないですか? A. 切り身のサイズが不揃いだったり、しっぽの方の身が入っていたりするだけで、味は正規品と全く同じです。むしろお弁当用には小さいサイズが丁度よかったりするので、全然気になりません!
Q. 1kgって冷凍庫に入り切りますか? A. バラ凍結(一つ一つがくっついていない状態)でジップ付きの袋に入っているので、隙間にササッと押し込めます。整理して空いたスペースにすっぽり収まりました!
