ロバ耳ブログ 

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王様の耳はロバの耳


 何故、私たちは、その様な習慣を身につけて来たのか。それはおそらく大災害と隣り合わせで生きる宿命があるからだ。前回ではそこまで述べました。動物的に異変を察知する必要性、同時に、いつ全てを失うかも分からない儚さ。これらを、誰もが認識している事によって、必然的に生まれて来る、自分の行動に対する責任感や値踏み。

それぞれが、自分の行いに意味や、値打ちを求めるようになる。



 誰に言われたでも無く、街を汚さない様にする。海外で評判になった、スタジアムを片付けて帰る姿。これらを、教育の賜物だと評価する人がいます。海外は特にそうです。しかし本質は、私はこう思う、日本人は、儚さを知っているからだと。


 日本に仏教が伝来して数百年。それまでは般若心教が主流だったのが、鎌倉仏教の登場で一変します。般若心経は、完全には祖先たちには受け入れなれなかった。今の仏教は、もう完全に日本の独自のものでしょうね。アミニズムと融合した、なんて言われ方もするけど、必ずしもそうとは思えない。要は、色即是空が受け入れられなかった。


「全ては無である」


 どうせ考えても喘いでも、最後は死ぬんだから、この世は始めからあって無いようなものだ、と説いています。当時の大陸では、そう考えるしか無かったのかも知れません。そう信じる以外に救いが無い世界。そう考えると、厳しい環境ですね。一方で私たちの祖先は、この世を儚い、と理解して来ました。今の仏教は基本はこれでしょう。

この世界は無駄である、と、この世は儚い。これは似て非なるもので、全く世界への見方が違ってしまいます。儚さの裏には、何某の思いが残っていますのでね。この未練を断ち切って、安らかに成仏してもらう。これが坊さんの仕事。私たちが桜を好むのも、この儚さを体現しているかの様に見えるからでしょう。外国人と、日本人では、桜の最も美しい写真はどれ、ってやると、確実に違いが出る。満開を一番と思う外国勢に対して、日本人は、咲き始めや散り際を好む。


私たちの文化の根底にある、儚さを知るって国民性。北斗の拳でも、だからケンシロウは勝てる(笑)


 世の中が、諸行無常なのですよ。儚い。それは無駄とは全く異なる世界観です。もっと温かい。であるからこそ、それぞれが、何が一番、値打ちがあるのだろうと行動する。欲望が行動原理なのでは無いのですよ。最終的には、この世で可能な夢や願いは、私たち、人間自身が実現して行く。神様では無くてね。そしてこれが、日本人を日本人たらしめる姿勢であって、だから様々な、不可能にも思われる様な事が実現されて来た。最後は天命を待つしか無いけど、最初から願い事を祈る事は無いのですよ。

占い師とか、手相に人相、今でも非科学的な事は流行っているけど、それでも日本は最先端の科学大国です。占いなど、今でも人気な理由は、信念を乱されたく無いから、余計な雑念を入れない為の知恵なのかも知れない。皆んな、良い事しか聞きたく無いしねえ(笑)



 西欧の経済学、近代哲学では、人の行動原理が欲望を根底に形成されている、と定義されています。これだって、僅か200年ほど前に、アダムスミスらユダヤ人が、そう言い出した話です。フロイトなんて酷いものです。ユダヤ人はそうかも知れないけど、他の人々もそうだとは限らない。巻き込まないで欲しい。こと、日本人に関しては、全く当てはまりません。日本が文明開花を成し遂げたとか、戦後の軌跡の復興とか、欲を基準に考えるから奇跡だとか、辺な理解になって、最終的には日本脅威論になる。そして日本人は地球から排除すべきだと。



私に言わせれば、そりゃ確かにマイケルサルデルとか、ユダヤ人の頭の良いのは分かる。だけどあんたら、魂が穢れ過ぎなんよ。ユダヤ教が始まったその時から、魂の穢れが蓄積してんだよ。そんな事で、本当の事なんか見えはしません。どれだけ頭が良くても、どれだけ能力が高くても、魂の穢れを放置して、良いパフォーマンスが発揮されるわけが無い。


日本の経済分析として、私の話を笑うのであれば、欲が行動原理だとか言ってる貴方たちの論理もお笑いですよ。日本人はね、何が値打ちのある行かなあと生きる結果、それぞれはバラバラでも、全体として非常に高度に社会を回して行く。これは、本来の人間の、自然な社会形成のあり方なのですよ。

動物たちと一緒です。



 もし、これらを理解せず、日本人は真面目で勤勉だ、同調圧力が凄いからだ、遺伝子が優れているからだ、なんて間違った認識をしたら、他の人たちは劣っている話になるでしょう。でも、そうじゃないから人間は素晴らしいのですよ。希望なのですよ。日本の真の原動力が、お金を払う事で生まれている。ここ30年、払うべきお金を、払って来なかったでしょう。投資だとか言って。そりゃ、西欧と同じになれば、同じ様に社会は腐って行くのです。

真面目で勤勉だから経済拡大したと思っていれば、そりゃ当然、「今の若いもんは」って話になるでしょう。日本の中で、日本人として生きて来たのに、西欧の世界観しか持ち得ない。これじゃあねえ。これじゃあ、日本の真価は発揮される事はありません。



 明治維新の廃仏毀釈に始まり、いや、その前の、江戸の後期には始まっていた日本の破壊工作。戦後はGHQによって、完膚なきまでに壊されるはずだった日本。しかし、真っ直ぐにこの世を認識する事は、ここ、日本そのものが私たちに求める事であって、決して壊され、失わされる様なものではありません。例え縁起でも無いですが、天皇が居なくなったとしても、日本は日本であり続ける。


 この事が、この地球が限界に近づく事によって、一気に世界に広がっています。一億2千万人の、まとまりとも言えない、まとまり。西欧的な解釈で言えば、究極の個人主義の形態であり、生きようとする生命そのものの姿でもあります。


 西欧の神は強力で、しかし本質は、人間を自分だけのものにとどめたい。他者に対する嫉妬心が凄い。人間を、どうやって自分に依存させるのか。それしか考えていない。それをやればやるほど、人は離れて行こうとする。思い通りになら無い事が、より強権的になり、モテる日本の神々への憎悪に変わって行く。その時に、人は何を選択する。


 これから起こる事は、経済活動なんてものじゃありません。徹底した依存関係を作る作業です。欲で経済が回っている。そんな風に世の中を見ていたら、何も見えないでしょう。それは非常に浅い考察です。

欧米の経済活動は、私たちが考える経済ではありません。全てを依存させる為の運動体であります。もののけ姫のダイダラボッチとか、千と千尋のカオナシとかです。


 宮崎駿って、そんなことも、全部知った上で、彼らに分からない様に、全人類にメッセージを届けている。もはや大魔法使いであります。凄いです。


 いかがでしたか。神社の話は、前に話したので省いたのですが、ここまでは、なかなか体型的な話だと思いますよ。私は何も、金持ちは金を払え、などとは言いません。払うものを払って、貯まる金があれば、それはそれで良いのですよ。それを、どう活かすか殺すかは、その人の生き方が決める。昭和までの経営者たちは、払うものを払って、スッキリした気持ちで生きていた、とそう思うし、それが一番大事だと思います。


今の経営者や金持ちに、晴れやかな気持ちで生きている人が、果たしてどれくらいの居るのやら。

日本経済復活の鍵は、まさに「払う」事にある。私はこう、断言しますね。


 普通に考えて、たった1日の為に、晴れ着に何万円もかける。冠婚葬祭に金をかけるのも、合理的では無い。事実、そこに金をかけない層が、確実に現れている。だけどこの、一見すると非合理に見える経済活動が、実は非常に効果的に機能して行く。

ハレとケ。これが、外国人たちが知りたがる、日本の文化の秘密なのですよ。晴れ着、晴れ舞台、初もの、新築に新車、これらを好む傾向も、まさに、ハレとケの文化が、変わらず続いている証拠であります。ヨーロッパも、フランス革命前は、こうだったかも知れないけどね。



 私たちは、始めから、誰の導きを必要とするで無く、誰かの教えに従う事も無く、始めから、自分の足で立って生きられる様、設計されて生まれて来たのですよ。専門家の言った事なんて、話半分で聞けば良い。

全ての生命がそうである様に、そりゃ、産まれた時と死ぬ時は、誰かの世話になるしか無いけどね。それでも人の存在として、私たちは何も迷う必要なんて無いのです。


 私たちに、何か役割があるとしたら、それは後輩や、次に生まれて来る人たちに、生きる自信を与えてやること。それ以外にないです。それ以外に、やるべき事なんて、私には思いつきません。生きる自信さえあれば、大抵の事は乗り越えられる。それが無理な時、誰かが助けてくれる。それが社会ってもので、今まで日本が、そうだった。そうじゃないなら、2千年も国は続かないですよ。最近は、ちょっと怪しくなってはいるけど。



 今年はね、午の年で、それも丙午と来た。ウマ娘や緑のマキバオーが、また再燃してヒットするから、日本復活の転機になります。

だって、ウマの馬力は本物だからね! (笑)