寄宿舎指導員として、新しい職場に赴任して4ヶ月に入りました。手話には苦戦していますが、少しリズムがつかめてきました。仕事については、また書こうかと。
大河やブログTop5以外のこと、たまには書いてみようかなと思います。
題名から想像つかないくらい、少しシリアスな話になります。
今は寄宿舎指導員(教師と同じく教育職なので先生と呼ばれる立場です)ですが、支援員や学童を含めたらかれこれ10年近く、子供や学校の世界に関わっています。
その経験上買っておいたらいいなあと思うもの、いろいろあります。
もし、私がアドバイスするとしたら、ブラックフォーマル(礼服)、数珠、女性ならプラスして真珠のネックレスと答えます。
20代の先生にはピンとこないでしょう。
学校は、死とは対極の場所にあるから。
私も、そうでした。だからこそ、買っておいて欲しいのです。後、入学式や卒業式にも使いますしね。
特支は、女性の先生はパンツタイプの方がいいですかね。児童生徒を介助しながら壇上にあがったりする場合もありますし、知的の子も思わぬ動きするときに追いかけられるように。担任でなければスーツでも大丈夫ですが。
現場で働き出すとそれどころでなくなるくらい忙しくなるのでね。
私が、そのことを意識したのは、学校現場で働き始めた最初の年でした。まだ20代でした。
当時、小学校の支援員をしていました。
そのとき、保護者の方が癌で亡くなりました。
懇談のときも全くその話はしなかったらしく…突然でした。ほんとは突然ではなかったでしょうけど。担任の先生は、かなりショックを受けていました。後で聞いた話ですが、一昨年も担任していた児童だったらしく、そのときに比べてお母さんが痩せているなとは思っていたが、まさかこういうことになるとはと話していました。
私は教員の立場でなかったので、参列しませんでしたが、このときのことがきっかけで喪服を買いました。
翌年、祖父や習い事の先生の息子さんが亡くなるなど訃報が続きましたが、慌てずにすみました。
しばらくは喪服を着ずにすみましたが、時が流れて院内学級の配属となりました。小児がんの児童生徒が多かったので、何度か参列しましたね。家族だけの参列になり行きたくても行けないこともありましたが。葬儀のタイミングにより、喪服を着ずに通夜に駆けつけたこともあります。キリスト教式の葬儀にも参列したり。
院内学級には、3年いました。残念ながら亡くなった子供が0になった年はありませんでした。毎年、亡くなる子がいた。
その後、院内学級を離れ、そういうこともしばらくないなと思っていたら父が亡くなり、再び支援員で復帰したら保護者が亡くなり。
特別支援学校は、特に病弱(病気にもよります)や肢体不自由の児童生徒がいる場合、そうしたことに遭遇する確率は普通校よりは残念ながら高くなります。
普通校だから関係ないよね…ということもありませんよ。院内学級は普通校の支援級が担う場合もあり、このように保護者が亡くなることがあります。子供が亡くなることもあります。小学校のとき、上級生が川で亡くなったこともありますから。
担任以外でも、親睦会の長の先生も参列するケースもあります。だから、誰もがそうした経験をすることがありえます。ないほうがいいのですが。
今回、こういう話をしようと思ったのは勤務校で訃報に接したからです。
現職の先生でした。まだ、20代です。突然で。
聾の人で、卒業生で、子供たちにも慕われ、臨時を続け念願の正式採用となり新婚で。奥さんも昨年までこの学校で一緒に働いていた人で。夫婦同じ学校にはいられないので、奥さんは異動になったのですが。
昨年からいる人は、みんなそのストーリーを目撃しているわけで。寄宿舎も少し離れてはいるけど、その先生のいる学部に支援で交代で行ってるので繋がりが深い。
訃報に接した日、翌日の通夜にかけての学校は、学校が泣いているんじゃないだろうかというくらい、重たかった。今日の三浦春馬さんの訃報に接した、この空気感とよく似ています。
今回、コロナで結婚式は延期になり、でも前撮りはしていたそうで。写真を見せていただいたのですが、こんな悲しい写真はないのかもしれない。幸せしかない写真なのに。あまり、関わりのない私でもこたえました。
昨日、その学部の支援の日で。ある子がおもむろに運動場にある文字を足で書き始めた。何を書いてるのだろう?と思っていたら…亡くなった先生の名前で。いかにその先生が慕われているかを改めて思い知った。空の上から、見ているといいなと。
聾や難聴の児童生徒にとって、同じ聾や難聴の先生の存在は、大きい。私たち、聴者は、ほんとうの意味では聞こえないことの苦しさや大変さは想像はしても同じようには理解できないので。
生きていると、想像を超えることが起きますね。
人生には3つの坂がある。上り坂、下り坂、まさか。
本当にそうだと。
ここ最近、身近な方の癌が分かったり、余命いくばくもない話を聞いたり、そして今日の三浦春馬さんの訃報とこういう話が続いてて。
そういう年回りになってきているのだなあと感じます。自分のことも考えないといけないですね。
「世界は欲しいモノであふれてる」好きな番組でした。ご冥福をお祈りします。