2015年あけましておめでとうございます。これからもよろしくお願いします。

 ところで、今朝、夢を見た。夢のなかで、いぜん家族たちと住んでいた高層マンションの最上階に僕1人だけでいて、僕は窓ガラスごしにひたすらベランダをながめていた。早朝で、空気は青くて冷たくて、霧が出ているせいで、その向こう側は見えない。視界にあるのはベランダ側の景色だけで、僕の後ろ側、つまり自分が住んでいる部屋のなかがどうなっているのか、見ることができなかった。というのも、目の前で繰り広げられていることから、目を離すことができないからだ。ベランダの手摺にはたくさんのカラスがとまっていて、しかも、カラスたちはお互いに鳴き交わし、霧の向こうから仲間を呼んで、さらにその数を増していく気配なのだ。僕には、なぜこんなにカラスたちが集まっているのかわからなかった。たまたまだと思いたかった。でも、ひょっとしたら、僕に敵意をもっていて、いずれ襲いかかってくるのかもしれない。いつ襲われるか身構えている内に、あることに気づいた。ベランダで誰かが倒れているのだ。倒れたまま血を流していて、動かない。たぶん、死んでいるのだろう。僕が気づくやいなや、カラスたちはその死体に群がり、肉を切裂き、ついばんだ。連中は、これが目的だったのだ! 標的が自分ではないことに、なにはともあれ安心した。……

 こんな夢を、ついさっきまで吉兆だと思いこんでいた。初夢では1富士・2カラス・3なすびと言うわけだし、個人的には不吉なように思える内容でも、きっと吉兆ではあるのだろう、と。大きく間違えていることに気づくまで、なぜか時間がかかった。
 いまはアニメの『氷菓』を見ている。去年もちょうど正月には『氷菓』を見たし、よく覚えてないけれども、一昨年もそうしていたかもしれない。『氷菓』は正月に見たくなるアニメだ。
 いまはちょうど「愚者のエンドロール」まで見たところで、いぜん見たときは、この話で奉太郎が怒るシーンが、たぶん全話中でいちばん気に入っていた。きょうも、奉太郎の怒りは感動的だった。他の話でもそうだけれども、つまらなく見える日常の出来事が、あるとき、問うに値する問題になるのだ。ふだん好奇心をもたない主人公の奉太郎が、主にえるとの出会いをきっかけに、謎を自分の問題にしていく、その過程の描かれ方が、なんともいえず魅力的だ。いつかもうすこし長い文章にしてみたい。

 去年は、6月にオール読物新人賞に落ちて、8月に頭痛になって以来、あまりいいことがなかった。今年は、挽回をめざす1年にする。