春・夏・○・冬  
商売人はこれを飽き()ない
という。


宇治十帖の九巻


横川の僧都に救い出された
浮舟
手習歌に思いを託し
ついに出家を果たす

物の怪に住み着かれた
浮舟
僧都の加持祈祷で救われる


《巻名の由来》
横川の僧都に救われ
小野の里に移った浮舟
自らの心情を手習歌に託したこと

《手習歌》
思い浮かぶままに
歌などを書き記すこと。
源氏物語」では、秘められた
想いをあぶり出し、
自己を見つめ直すものとして
描かれている。






  源氏物語オープニング曲>





「涙の河」、涙川ともいわれ
涙の多く流れるのを譬(たと)えていう。

尼君たちは琴や琵琶を弾いて楽しむが
浮舟にはかかる嗜みもなく
このようなこと一つにも不幸な
半生が回顧され
我ながら情けなく思うのであった
この歌はそのときの浮舟
すさび書き(気まぐれ)した独詠である


撮影地・宇治市


浮舟を発見する場面

横川の僧都
の一行が初瀬詣での帰途
立ち寄った宇治院で、木の根元に
生気を失って倒れている女を発見します
助けます。

そのころ、横川の僧都という
高徳の僧がいました。
僧都は、初瀬参詣に発病した母尼のため
山篭りを中断して下山する。
母尼と同行していた妹尼たちは
僧都のつてで宇治院に滞在するが
その院の裏手で、物の怪のような
姿で倒れている若い女が発見された。
僧都は穢(けが)れを恐れる弟子たちの
反対を押し切り、この女を保護する

実は入水を果たせなかった
浮舟であった

僧都妹尼たちは素性も分からないままに
浮舟を小野の山里で養生させます

*宇治院
故・朱雀院(源氏の異母兄)所領の邸

✤横川の僧都
横川に住む高徳の僧。
横川は比叡山延暦寺の三塔のひとつ。


入水の痛手から回復した浮舟は、小野の山荘で
農夫の声を聞きつつ東国を思い出している



《めぐる》この世をさすらいつづける

秋はひとしお物思いの絶えぬ季節
尼君たちの昔語りに触発されたのか
浮舟もまた自らの追懐にふける
そのときの、浮舟の独詠である。

僧都
の加持祈祷で
回復した浮舟ですが
死に切れなかった身であることを
自覚しひたすら出家を望む、
しかし、僧都の妹尼らに止められ、
五戒だけを授かるに留まった

相変わらず素性も明かしません
小野の風流な生活にもなじめないままに
手習歌に憂愁を託すばかりでした。

《五戒》
在俗の仏道修行者が守るべき
五つの戒律。
殺生・偸盗・邪淫・妄語・飲酒
これらを慎むこと。

妹尼
の縁者の求愛にも応ぜず
ついに出家してしまいます、上京した
僧都明石の中宮のもとで
宇治で助けた女の話をします
中宮浮舟だと直感します
それを伝え聞いた僧都を訪問
することを考えるのです。

浮舟は、几帳の向こうに座し
髪を切られようとしている。
その傍らでは、横川の僧都がそれを
見守っている。



山里の秋の夜更けの
情緒も物思う人ならば
きっとお分かりのはずですのに
人の世を辛いものとも
知らないで生きております私を
物思いのある身であるとあなたは
思われたのですね。お凄いこと。
(強引に言い寄って来た男への返歌)




僧侶たちが去ったあと
少将の尼は嘆くが浮舟本人は
心も安らぎ出家の本望が遂げられて
このことだけは生きていた甲斐が
あったと喜ぶのであった
翌朝は、さすがに尼姿を見られるのが
恥ずかしく、一人部屋にこもって
手習いする。そのときの浮舟の独詠


彼岸を目指して
此岸から遠く漕ぎ
離れて行くあま舟(あなた)に
遅れまいと
私も急ぎたいものです
心だけは厭(いと)わしい
俗世を離れていますが、
この先どうなっていくものやら
行方も知れぬ浮木のような
頼りない尼の身でありますことよ



✤見し人 浮舟を指す
✤「せき」せき止めるの意
紀伊守を通じて語られたの独詠
浮舟入水自殺したと思い込んだ
浮舟への哀傷の歌。

                       

手習巻、最後の一首です
こののち
最終巻 「夢浮橋」には
の一首のみ詠まれた




✤「ありし世」
出家前のころ

「尼ごろもかはれる身にや」
尼の姿になった今では
そんな昔の生活に未練を残すような
華やかな衣装を身につけたりはしない。

尼として余命を
過ごそうとする決意は
固いのである。

次回、最終  宇治十帖の十巻

浮舟愛執のつみ
を拒む浮舟
泣き臥すのみの浮舟


《源氏物語  宇治十帖エンディング曲》