光源氏
悲しみはいっこうに癒えず

正月の参賀に
人々がやってきても
蛍宮を除いては会おうともせず

六条院の女君たちを
訪ねることもなく

紫の上に親しく仕えた女房たちと
昔の思い出話をして
自分の色恋沙汰で最愛の人の心を
痛めさせてきたことを
悔やむのでした。



源氏物語は桐壺更衣の歌で始まる

源氏物語  第一帖 桐壺の巻
桐壺の更衣・唯一の和歌
「源氏物語」の開巻桐壺巻は
主人公光源氏の誕生を語る巻である
と同時に、幼くして母の桐壺の更衣
を喪うというその未来を決定する
巻でもある


桐壺更衣
光源氏を産んで二年後の夏
病に冒され、死を迎えるために
里である実家へ退く。
その時、夫の桐壺帝に
最期の別れを告げた歌が上の和歌。
幼い光源氏を置いて死にたい訳はなく
生きていたい(いかまほし)と願うのは
世の母なれば同じだろう。




<源氏物語オープニング曲>


紫の上哀悼に捧げた
光源氏の一年

半生を回顧し
出家の決意を固める

  追儺
ついな
大晦日に悪魔を追い払う行事



蛍兵部卿宮が源氏を訪れた
その時の源氏より蛍兵部への贈歌
私の家は
花を楽しむ人もいません
それなのになぜ
春(兵部卿宮をさす)が尋ねきたのか

梅の香を求めて
(紫上亡き後のあなたをお慰めに)
お伺いしました私ですのに
なみ一通りの花見に
参ったようにおっしゃるのですか

源氏紫の上追憶の独詠
このような辛い世からは
姿を消してしまいたいと
思いながら
思いもかけず月日を重ねていることだ

紅梅の木を植えて
花を楽しんだ紫上もいない
この宿に、それとも
知らぬ様子で来て鳴く鶯よ

(出家した)今はといって
すっかり荒らしてしまうのだろうか
紫上が心をこめて
作ったこの春の庭を

泣きながらも帰って来た事です
仮のこの世は、いずこも
永遠の住み処ではありませんのに

雁が降りおりました苗代の
水が涸れてしまってからは
水に映っていた花の影さえも
見えなくなりました
(紫上様がお亡くなりになりましたあとは
あなた様にお目にかかることもなくなりました)




夏の衣にお召し替えになる今日は
特に、紫上様をお偲びになる
お心がつのることでございましょう

羽衣(蝉の羽)のように薄い
夏の衣裳に替える今日からは
空蝉のようにむなしいこの世が
ますます悲しく思われます


いかにも神前の瓶の水も
古くなって水草が生え、神も
お憑りになることもなくなりましたが
(私のことなど見向きもなさらないのは
仕方がございませんけれども)
今日の花、葵(逢ふ日)の名さえ
お忘れなさいますとは

おおよそ思い捨ててしまった
この世ではあるけれども
この葵の花は、
やはり、摘んでしまいそうだ
(そなたに逢うという罪を犯してしまいそうだ)



亡き紫上を偲んで涙する
私のように今宵降る村雨に
おまえも濡れて死出の山路から
来てくれたのか、ほととぎすよ

ほととぎすよ、紫上様に
お伝えしておくれ
昔のお住いの花橘は今が盛りですよ



所在なく一日中泣き暮らしている
夏の日を、私のせいであるかのように
鳴く虫の声よ

夜が来たことを知って
光る蛍を見ても悲しいのは
昼夜ともなく亡き人を
思うわが思いの火だったのだなあ

七夕の逢瀬の喜びは雲の上の
別世界のことと思い
 二つの星が後朝の別れを
惜しむ涙の露の置く庭に
私は亡き人を偲んで涙を流し添える


亡き紫上様を恋うる涙は
限りもないのに、今日の一周忌を
何の果てというのでしょう

亡き人を恋うる私自身の
命も残り少なくなってゆくけれども
残り多い涙であることだなあ


かつては一緒に起きて
長命を祈った菊の朝露も今年は
私一人の袂(たもと)にかかり
君の恋しさに涙している秋ですよ

大空を自在に行き交う幻術士よ
夢にさえ現れない亡き人の魂の行方を
探し求めておくれ



下の歌は「桐壺」巻で桐壺帝が亡き桐壺更衣の
死を哀悼して詠んだ歌

最愛の人を喪った
父(桐壺帝)と子(光源氏)の悲しみが
物語の始めと(一帖)終わり(四十一帖)で
見事に照応する
「長恨歌」



大宮人は豊明節会にいそいそと
参内する今日を、私は日の光も知らず
あの人とも疎遠のままに、
鬱々と日を過ごしてしまったことだなあ

死出の山を越えて行ったあの人を
追おうとして、その足跡を見ながら
(その跡をたどれば、死出の山に行けよう)
まだ、私は悲しみのため途方に
暮れていることだ



 かき集めてみても甲斐がない
この手紙は亡き人と同じ空の煙と
なるがよい

源氏の最後の姿
万感の思いを胸にしながら・・・
光源氏は六条院で催された
御仏名(年の瀬に行われる、その年の罪障を
懺悔し除滅する法会)の導師をねぎらい
禄を与え、酒を振る舞う

この日、紫の上の死後、初めて参会する
人々の前に出てきた光源氏の姿は
昔ながらの光輝く


その時、導師と交わした贈答歌

春までの命があるかどうかも
分からないのだから
雪の中でほころび始めた梅の花を
今日の挿頭にしておこう

千歳の春に会う梅の花のようにと
源氏君様の御長寿をお祈りいたしまして
私は降る雪と共に年を経ました


行く年に人生の終焉を重ねた
源氏回顧感慨の歌(独詠)

 





「源氏物語」の正編は光源氏の出家を
前提として、匂わせて終わる
噂によると光源氏は年が明けてから出家
嵯峨のお寺に篭ったというが、
その最期を見た人、知る人は誰もいない・・・



それから八年の歳月が流れ
夕霧右大臣になり
落葉の君(女二宮)を六条院の
夏の御殿に住まわせ
三条に住む雲井の雁の邸と
一晩おきに十五日ずつきちんと通った
亡くなった太政大臣の髭黒と玉鬘の間に
男三人。女二人の子がいたが
大君(長女)は冷泉院に、中の君(次女)は
今上帝に、それぞれ入内した

そして、物語の主役は光源氏から
二人の貴公子(薫・匂宮)に引き継がれていく

いわゆる「宇治十帖」である



<源氏物語エンディング曲>



紫式部像(石山寺)

源氏をかく悟らせたのは紫の上であった

源氏のこの述懐は紫の上の思いに
捧げる挽歌であり紫の上の死によって
作中人物としての位置づけを失った源氏
物語の世界から消えてゆくための
出家と死を準備する巻であったのです

感謝
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