<源氏物語 第二部>
第三十四帖
若菜上
「六条院の蹴鞠」

朱雀院の御門、ありし御幸ののち
その頃ほひより、例ならず
悩みわたらせ給ふ

と、若菜の巻は暗い書き出しで始まる


柏木の垣間見
猫が走り出た拍子に巻き上がった
御簾の隙間から見えた
女三の宮の姿に柏木は心を奪われる

唐猫が引き起こす
禁忌の恋
女三の宮降嫁が呼び起こした
波乱と紫の上の苦悩
暗雲ただよう六条院

目のあたりにして見る
変われ変わる世の中(二人の仲)
でしたのに
末永くと頼りにしておりましたこと

人の命は絶えるときには
絶えもしましょうが、その無常の
世の中にあって、世の常ではない
(いつまでも変わらぬ)二人の仲ですのに

あなたのお部屋とこちらを
隔てるほどでは有りませんけれど
(お伺いできなくて)私の心も乱れる
今朝のあわ雪です

風に吹かれて漂う春の淡雪は
上空にきっとはかなく消えて
しまうことでございましょう
(あなたのお出でがなくて、頼るものとてない
私は心が落ちつかず、消えてしまいそうでございます)




六条院の深まる憂愁
明石一族の悲願

「若菜上」から、物語は
光源氏の晩年(この巻の年齢は四十歳前後)
を描く第二部に入る

第一部では光源氏の試練と栄華が
描かれたが、第二部では
憂愁の色を深めていく六条院
の様子が描写される

女三の宮の降嫁が六条院に
暗い影を落としていくのです


<源氏物語オープニング曲>


准太上天皇となり栄華の頂点を極めた
光源氏朱雀院が愛娘女三の宮の降嫁を
申し出る。四十歳の源氏は一度は辞退
するものの、朱雀院の願いを断り切れず
やむなく女三の宮と結婚するのでした


苦悩を深める
紫の上

出家を決意した朱雀院の懇請を受け
光源氏女三の宮との結婚を承諾するが
故・藤壺の姪であることに
心が動いたからでもあった

この事態に紫の上(彼女も藤壺の姪)は
衝撃を受けるのである
長い時間をかけて築いてきた
正妻の座を、より身分高い
若い内親王に脅かされようとしている

だが、その苦悩を外には見せまいと
平静を装う紫の上でした

一方で、女三の宮の未熟さに失望したのか
光源氏朧月夜との仲を再燃する

そのような光源氏とのあいだに
生じた埋めがたい溝に
紫の上は苦悩を深めていくのでした



*ここポイント
(朱雀院は六条院へ行幸のあと
重く病み、兼ねてから出家を
望まれておりましたが
女三の宮のことが気がかりで
果たせなかった。そこで源氏
行く末を託したのでした)


明石入道が信じた「夢」

六条院に里下がりしていた
明石女御は東宮の男皇子を
無事に出産する

まだ予断を許さないとはいえ
女御が立后され、さらに将来
帝の母(国母)になる可能性さえ
開かれたことになる

それこそ明石入道一族がかつて
見た夢の実現の道であった

<ここポイント>
入道一族再興にかけた「夢語り」
それは光源氏に自らの運命をも
自覚させる。以後、明石一族は
揺るぎない繁栄を続けて行くのです

(明石入道は安心して現世を離れられると
明石の君や尼君に手紙を送り、山深く・・・)




髪に押しながら、さながら
昔のままに今日まで伝えてきましたので
美しい櫛も古くなってしまいました

あなたにひき続いて(姫宮の幸運を)
見たいものです
万代を告げる柘植の小櫛が
古くなるまで
若葉の芽ぐむ野辺の小松(幼い子供)を
引き連れまして、もとの岩根
(私をお育てくださいました源氏君様)の
幾久しいご繁栄をお祈り申し上げる
今日の日でございます

小松原(孫たち)の行く末長い
鈴に引かれて、野辺の若菜(私)も
長生きすることができるでしょう

いったん背いたこの世に
残る子を思う心が実に入山する
私の妨げなのです

お捨てになったこの世が気がかりで
いらっしゃいますなら
逃れ難いほだし(宮)を強いて
お振り捨てなさいますな
長い年月を隔ててお逢いしますのに
このように関がありますと
悲しみの涙がせきとめがたく
流れ落ちることです

涙ばかりは関の清水のように
せきとめがたく流れますが
お逢いする道は
もはや絶えてしまいました

あなたゆえに須磨の浦に
身を沈めたことも忘れはしないのに
こりもしないでこの身を淵に
投げてしまいそうなこの家の藤の花です
(あなたのために、この身を渕に投げてしまいそうです)


あなたが身を投げようとなさる渕は
本当の渕ではございませんでしょうから
そのような偽りの波に
この上さらに性懲りも無く
あなたに恋をして、涙で袖を濡らしては
いたしません


*朧月夜の邸から帰ってきた源氏
寝乱れた姿を見ても紫の上は何も言わない。
そのつれなきに源氏の方がいたたまれず
昨夜の件を少し話せば、
くすっと笑いはしたが涙ぐむ
宮の降嫁以来、源氏との愛を見据え
自立的に生きようと決心した紫上であるが
またもや源氏の浮気でありました。




身近に秋がきたのでしょうか。
見ているうちに青葉の山も
色が変わってきたようです
(私も飽きられるときがきたのでしょうか)

(秋が来ても)水鳥の青い羽の色は
変わらないのに
萩の下葉の法こそ様子が
違っております
(私の気持ちは変わらないのに
あたなの方こそおかしいのですよ)

紫上は、緑あふれる山のごとくに
源氏に愛された自分を重ねみたのかも
しれません。しかし、
その山も秋がきて色が移ろうように
源氏の愛も移ろってしまったと詠んだ


よそながら見るばかりで
手折れぬ投げ木は茂るけれども
名残恋しい花の夕影よ

(宮のお姿をよそながら拝見するばかりで
お逢いできない嘆きは増すばかりで
ございますが夕べのあの宮のお姿が
心に残り、恋しく存じます)

手の届かぬ山桜の枝に思いをお懸けに
なった
(源氏君様の御正室になられた宮さまへ
懸想なさった)と、いまさらお顔に
お出しなさいますな

*以降の柏木の運命を決めた
*蹴鞠の日のことを知らない小侍従は
柏木の懸想を世間並の恋と思って
気軽に宮(女三の宮)に文を見せ
柏木に同情して二人の仲を取り持つ
かもしれないなどと冗談を言うのです

小侍従のこの軽薄さがのちに
問題を生むことになるのです

これは後日談としてかたりましょう。

さて、文を見た宮は柏木に姿を
見られたことを知るが、
柏木の懸想よりも、男に顔を見られたと
いう失態を源氏にとがめられることを
恐れるのでした。


<源氏物語エンディング曲>