投稿し忘れの記事。。。本当は昨日載せるはずだったんだけど。


大体、落ち込むのはカウンセリングの授業の後。春学期でも一つカウンセリング関連のクラスを取ってたけど、周囲と比べて出来ないと感じるとやっぱ、へこむ!!今とってるクラスもまた模擬カウンセリングをビデオに撮る課題がいくつかあるんだけど、こういう課題が一番難関。言葉なんて、1週間、1ヶ月で周りと同じように英語が喋れるようになるもんでもないし、遅れを感じざるを得ない。


あ゛ぁぁー!!!


でも今日、授業内でクラスメートと練習で30分間ずつお互いクライアント役とカウンセラー役をやったんだけど、その時に英語が上手く話せないんだよぉーって言ったら、カウンセラー役のクラスメートが、それは誰かに言われたの?って聞かれて、、、、、あっ、そういえば別に誰からも言われてないじゃん。むしろ前学期のカウンセリングのフィードバックだって満点だったし、自分が勝手に相手と比べて思ってるだけなのかもしれない。とちょっと視点が広がった瞬間。笑)


まー、英語が出来ないと思ってるのは自分の感覚だから、人から君は英語出来るよ!って言われても強力なブレイクスルーとまではいかないけど、混沌とした闇の中に一線の光が差し込んだ瞬間だった。なんてね。笑)というか、そもそも、自分の思う「英語が出来る」ってのはどのくらのレベルのことをいってるのか?それがあまりに現実不可能な設定になってないか、また何かそれを具体的に示せるような尺度(たとえば、単語を○○千個暗記するとか、今ある英語の本を不自由なく読めるようになるとか)は存在するか、色々吟味する必要gaありそう。あとは、無理のない短期とか長期のゴールを設定して、コツコツやっていくしかない。


あと、これは最近感じてるんだけど、落ち着いて話した方が言葉がスムーズに出やすい。前に疲れた時に英語を話したら意外とスラスラ出てきて驚いたけど、(普段話す時はどうしても色々な感情が入って落ち着いて話すことは難しいけど)カウンセリングの時なんかはこっちのしゃべり方の方が絶対にいい。と言っても、改善の余地は多いにあるけど。上手い人を聞いてると、何かに例えて(それも全然不自然では無く)さらーと言ってることが多い。これはホント一例だけど、大学、家庭、人間関係とか色々な場面での悩みがあるけど、それをプレート(皿)に例えて、今色々なプレートが山積みになってるけど、どれからしまって行こうか?みたいな風に。なんか日本語だと別に例える必要ないじゃん、と思うかもしれないけど、なぜか英語で聞くとすごくしっくりきたし、あと例えを用いることで少しユーモアも加えることができる(それによって、クライアントの不安とかの感情も少し解くことができるかもしれない)と思う。


さてさて、授業のお話はここまでにして、今日日本から届いた、(待ちに待った!)宇多田ヒカルのアルバムでも聞きながら、(待ちに待った?)賞味期限ギリギリの缶詰でも食べながら、(今TVでやってる)Family Guyでも見ながら、(今週大量に仕入れたばっかの)ビールでも飲も!笑)


荷物ありがとねー!!!

HEART STATION/宇多田ヒカル