ユネスコ は 長崎県に関連深い
「 潜伏キリシタン関連施設 」を
世界文化遺産への登録を勧告した。
といった報道がなされています。
折も折、5月3日には 潜伏キリシタン
で知られる 長崎県生月島へと行って
来ました。
実はこの後、潜伏キリシタンの人たちが
日々 唱えていたとう 「 オラショ 」の
実際の口上が 島の施設で行われました。
今回行われたのは 壱部(いちぶ)地区の4人の
方々によるものでしたが、
こうして公開されるのは、年に2度ほどしか
ないそうです。
[ 壱部は、1部、2部、・・のイチブではなく、部落の名前としての固有名詞です。]
とうことですから、放送局のカメラ類も来ていました。
オラショ自体は ところどころが聞き取れるかなという程の早口で何を喋ってらっしゃるのか殆ど分かりませんでした。
まあ、隠れキリシタンですから、かえって解らないようにとしたのでしょう。
後の質問タイムに、この事の研究をなさってる女性らしきひとから、こういった質問が・・
「 口伝えで長い文言のオラショが伝えられたのに、みなさんは何歳の頃から始めたのですか?」
回答としては意外な事に、
私は50になってから・・
若い人でも
僕は30なかばから・
と始められる年齢が遅い。
後継者のことが心配になったのか 質問者は
「お爺さん、お婆さんの膝の上で聴かされた事は無いのですか。」 と確認しても
ええ、ありませんでした。 との返答。
そこで、時間となったのですが
実際のところ僕も小さい頃からの口伝ではないかと思っていたので意外でした。
しかし、帰りの道すがらよく考えてみると、
もしも、隠れキリシタンの人たちが子供までオラショを教えていたら 子供はきっと何かの拍子にオラショを口ずさんでしまうだろう。そうすれば隠れキリシタンは見つかって滅びてしまう。
いや、そういった例を横目で見ていての習慣なのだろうと。
この平和な世の中、しかし町の人口は減っていくばかりだから、小さい子どもからオラショを教えたって害はない。
しかし世界文化遺産ともなれば話は別で、昔の習慣を守り続ける事も含めて重要なのでしょう。
そこが、同じキリシタン文化でも英語教育とは大きく異なるところと感じたのでした。





