感謝
ファイティングポーズを取り続けてはや3年。
どうもこんばんは、京橋のミッキー・ロークこと浪速のロッキー、赤井英和です。
イタリア、セリエAの長友選手の活躍で、にわかに「感謝」という言葉が注目されてきています。
インタビューでもしきりに感謝という単語が出てきます。
イタリアの新聞でもその「感謝」の意味を込めたお辞儀のパフォーマンスがクローズアップされたり。
日々お店で元気に働いたり、お客様に喜んで頂けることへの感謝。
美味しいものを食べて、飲んで、素敵な時間を過ごせることへの感謝。
その日その時その場所で、何の御縁か、どんだけ分の一の確率で出会えたことへの感謝。
考え出したらキリがないほど、世界は「感謝」すべき出来事で溢れています。
そのことに気づかないまま、毎日をただぼんやりと、やり過ごしてしまうのは勿体ないと思いませんか。
かの有名なフランスの小説家が、自身の作品で著した一節。
「メニューを選ぶという瞬間、それはいまだあらゆる可能性が開かれていて、何ひとつ決定的に排除されてはいないこの瞬間の甘美さを味わうこと。
注文の品を決めると(ターフェルシュピッツ、それで決まりだ)、メニューを閉じてテーブルに置き、今晩はどんな客が来ているのか見るため一瞬振り返った。
口数少ないカップルが幾組か。大勢で会食の席を囲むスペイン人たちは、今では他にイタリアでしか見られない例の洗練された優雅な服装をし、弾けるように陽気な会話が、あたりのざわめきの中をときおりこちらまで届いてくる。
その向こうには帽子をかぶり白い上着を着たお洒落な若者たちが、階段の脇に輪になって座り、すでに食後のコーヒーに移りシガーをふかしながら、吊り紐つきの黒いドレスを着た、日焼けした肌に金髪の若い女性たちと話している。」
Jean-Philippe Toussaint
いや、ほんとに。

