私がグランドピアノを買ってもらったのは、小学校6年生の頃でした。
ピアノのコンクールで1位を取ったら、グランドピアノを買ってくれるという約束を両親としていて、
私はどうしてもピアノが欲しかったから、当時必死でピアノを練習したのを覚えています。
結局私は3位で、約束の1位は取れなくて、
本当は約束を果たせていないんだけど、
入賞した賞金を全部出すから、って、
さらに、「私が20歳になったときに、振袖はいらないから、その代わりにピアノが欲しい」って言って、
すっごくすっごくお願いして、買ってもらったピアノです。
私が怒ってるときも、悲しいときも、うれしいときも、苦しいときも、
いつも向き合ってきたものは、ピアノでした。
私の心を鏡のように写して、ときに優しくときに激しく音色を変える、
私の分身であり、友達であり、家族です。
ピアノを演奏しない人にとっては、何の価値もないものでも、
私にとっては大事な大事なパートナーでした。
グランドピアノが家に来てから、
1年365日、ピアノに触らない日はありませんでした。
私が大学に入学し、
一人暮らしの部屋にはピアノを持っていけませんでした。
グランドが置ける部屋はあまりにも高額な家賃だったし、
ピアノを運搬する費用だってとても高かったからです。
私は一人暮らしの部屋に一応88鍵ある電子ピアノを買い、
いつでも練習できるように大学の近くに住みました。
あんなに毎日、朝から晩まで酷使されていたグランドピアノは、
私が上京してからというもの、
ぱったりと誰も触らなくなりました。
お母さんがキレイに拭いたり掃除したりしてくれているけれど、
全開で蓋を開けて、力いっぱい音色を響かせることは1年に1度、
私が帰ってきたときぐらいでした。
誰も弾かない、調律もされないピアノが、実家に佇んでいます。
それを見かねたお母さんが、
一度私にこんな提案をしました。
「ピアノ、売ろうか?」と。
私は大学を卒業してからも実家に帰る予定はなかったし、
私が東京でピアノを置けるような部屋に住めるメドもたっていなかったから、
このまま置いていてもしょうがないでしょ、と。
必要になったら、また買えばいいんだし、グランドを売ったお金でアップライトのピアノを買えば、
グランドよりずっとボディも小さいし、
一人暮らしの部屋にだって置けます。
だけど私は泣きながら「ピアノを売らないで」とお願いしました。
私にとって思い入れのあるピアノだったから。
どのピアノでもいいというわけじゃなくて、
弾ければいいってわけじゃなくて、
この、10年以上一緒に成長してきたピアノだったから。
そうやってなんだかんだ理由をつけて、
5年の歳月が流れました。
私は、ついにピアノを手放すことを決心しました。
一つは、私の夢は音楽の中にあることは変わらないけれど、
それはピアノではなくなったということ。
そしてもう一つは、誰も弾かないピアノほど可哀想なものはない、ということです。
上手下手は関係なくて、毎日一生懸命弾いてくれる人がそばにいるほうが、
ピアノにとっても良いに決まってます。
例えばピアノを置いてる部屋の環境がいいとか、音響がいいとか、部屋が広いとかそういうことじゃなくて、
たくさん音を出して、できるだけ多く全開にしてあげるのが、
ピアノにとって一番良いことだと思います。
本当は、
本当の気持ちを言うと、手放したくないに決まってます。
手放すのは悲しいし、辛いし、苦しい。
身を引き裂かれる思い、っていう言葉があるけれど、
本当にそんな気分です。
だけどピアノに愛情も感謝もあるからこそ、
決めたことです。
私がいつか、自分の夢を叶えて、自分自身の財力だけでピアノを買えるときがきたのなら…
またいつか、自分だけのピアノを、部屋に迎え入れるつもりです。
私は、
もし私のピアノと大きさや形やメーカーが同じピアノが10台並んでいても、
その中から自分の愛したピアノを見つけることができる自信がある。
絶対に。
だからもし、叶うのなら、
巡り巡って私の元にピアノが返ってくることを祈って。
ふと立ち止まった中古ピアノ店でその姿を、その音色を見つけられることを祈って。
さよならをしようと心に決めました。