〈登壇ゲスト〉
  ☆シーグリッド・アーンドレア P・ベルナード(監督)
  ★ボーイ・イニゲス(撮影監督)


ベルナード:(日本語で)こんにちは。私の名前はシーグリッドです。はじめまして。ありがとうございます。
 (英語で)本日は、『それぞれの記憶』の上映にお越しくださいまして、まことにありがとうございます。東京国際映画祭に対しましても、『それぞれの記憶』という作品の代表として、この撮影監督のボーイと私とを招待してくださいましたことに、心からお礼を申し上げます。
 今回は初めての上映でしたが、もう一度、10月31日の朝10時から2度目の上映があります。もし、気に入っていただけましたら、ご友人、ご同僚、ご家族の皆さまにも、ぜひ観にいらっしゃるようにとお勧めいただければ嬉しく思います。

イニゲス:いつもはライトの後ろ側にいるのですが、今日はライトの前にいるので、ちょっと戸惑っています(笑) 皆さま、本日はご来場いただきましてありがとうございます。そして、東京国際映画祭にも心からお礼を申し上げます。


司会:本当にラストがとてもショッキングな作品でした。その前までは、どちらが本当のことを言っているのか、妄想なのかなんなのか、すごく惑わされながらもショッキングな結末にいたるという、とても素晴らしい脚本だったと思います。監督は今回、脚本も兼ねていらっしゃいますけれども、この物語をどのようにして思いついたのでしょうか。また、脚本の執筆で苦労された点などありましたら、お話しいただけますでしょうか。

ベルナード:これは私にとって5本目の長編作品となります。もしかしたら、私の以前の作品をご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、今までの4本は、ロマンティックコメディを含めて、いずれもラブストーリーでした。本作が初めてのサイコスリラーということになります。
 私はいつも、自分がそれまでやってきたことと違うことをやりたいと思ってきました。そこで今回は、サイコスリラーに挑戦しようと決めたわけです。
 最近は、メンタルヘルスの問題を抱えている人が非常に多くいます。そうした精神病に苦しんでいる人たちの話をとりこんだ作品にしたら面白いのではないかと考えました。さらに、この作品では復讐について、愛について、そして内なる悪魔との戦いについても描いています。
 それから、この映画を初めて観る方は、最初のうちはこれが犯罪についての映画なのか、それともホラーなのかと迷いながら観るのではないでしょうか。しかし、最終的にはこの映画はドラマ、それも愛についてのドラマであり、従来の私の作品とはたいそう色合いが異なるものであるとわかっていただけると思います。そしてまた、すべての嘘にはいくばくかの真実が含まれているということも、おわかりいただけるのではないでしょうか。


司会:撮影監督でいらっしゃるイニゲスさんにもお伺いいたします。全体的にブルーの色彩が強調されていたように思うのですが、それは監督と相談した上での映像だったのでしょうか。また、マーラの髪の色であるとか、そうした色についてもお話いただければと思います。

イニゲス:そうですね。映画のムードをどのようなものにするかということについて監督と話し合って、ブルーを基調にしました。ブルーというのは、この物語の暗さ、闇というものを表現する上で、とても効果的だと思ったからです。

ベルナード:マーラの赤い髪についてですが、ジョージアという国にはフィリピン人はわずか30人しか住んでいません。私は、取材に行った時に、その30人全員に会いました。その中に、髪を赤く染めた女性がいました。どうして?と聞いたら、ジョージアではあのように赤に染めるのがとても流行っていたので、みんなと同じ色に染めれば目立たないし、みんなの中に溶け込むことができるからということでした。


質問:とても心理描写が豊かで、なおかつジョージアのワインが飲みたくなるような映画でした。
 シーグリッド監督は『キタキタ』で北海道ロケをされて、それが大成功でフィリピンから北海道に来る観光客が随分増えたとうかがっていますが、本作はジョージアが舞台となっています。どうして本作ではジョージアを舞台に選ばれたのでしょうか。また、ジョージアの政府等から、なにかしらロケに協力などがあったのでしょうか。

ベルナード:私は、この作品の舞台として、フィリピン人があまり暮らしていない場所を探していました。皆さんご存知のように、世界中どこに行ってもフィリピン人がたくさん暮らしています。そこで、どこを舞台にしようかと撮影監督のボーイに相談したところ、彼が「ジョージアはどうだろうか」と提案してきました。最初、私はアメリカのジョージア州のことかと思いました。「ジョージア州だったらフィリピン人がたくさんいるじゃないの」と思ったのですが、そうではなくて国、ジョージア国のことでした。それまで私はジョージアという国についてはまったく知りませんでした。そこであれこれ調べてみたところ、とても美しくて、なおかつミステリアスなところで、私が書いていた作品の舞台としてパーフェクトな場所だと思えました。
 そこで私はロケハンのために、実際にジョージアに1ヶ月ほど住んでみました。ボーイは1週間しかいませんでしたけど。その時にいろいろと文化についても学び、それを映画に取り込んでみたつもりです。
 あと、ジョージア政府からは、まったくなんのサポートもありませんでした。とはいうものの、ジョージア領事館からは、多少のサポートはしてもらいましたし、フィリピンでこの映画を観てもらったときには、これはぜひともジョージアでも上映したいと言っていただけました。


質問:劇中でジョージアのフォークシンガーの人たちが唄っていますが、あれはどういう内容なのでしょうか? レクイエムのようなものなのでしょうか?
 あと、撮影監督のイニゲスさんにお聞きしたいのですが、役者を真上から撮るシーンがありましたが、あれはアルフレッド・ヒッチコックタッチの映像を意識したのでしょうか?

ベルナード:ドゥ・ゴーリーというポリフォニー(多声音楽)を唄っているグループです。映画の中には3つの詠唱場面があり、最初のものが愛について、2つ目のものが痛みについて、3つ目のものが死者についての歌でした。それぞれの歌は、それぞれのシーンを象徴したものとなっています。ジョージアの文化を描くためにも、どうしても彼らの歌を入れたいと思っていました。
(ちょっと調べてみたところ、独自の発展を遂げたジョージアのポリフォニーというのはたいへん有名で、ユネスコの無形文化遺産の「代表一覧表」にも記載されているとのこと。)

イニゲス:実はわざわざ真上から撮ろうとしたわけではなく、あれは撮影現場やセットの制約のためにそうなったということが多かったように思います。もちろん、下から人を撮ればその人は大きな人に見えますし、上から撮れば小さく見えるという、そういう基本的なルールはわきまえた上で撮っています。


質問:とても面白い映画でした。ありがとうございます。
 ボーイさんにお伺いしたいのですが、特に印象的なシーンとか、苦労したシーンがありましたら教えていただけますでしょうか。

イニゲス:すべてのシーンです。ほとんど、苦労ばかりでした。夜のシーンがたくさんあるのですが、予算がたいへん少なかったものですから、それを全部昼に撮って、そのうえでなんとか夜のシーンに見せないといけないという苦労がありました。ワイナリーのシーンも本当は夜のシーンですが、あのあたり全体にライトをあてるなどという資金はとてもありませんでしたから、昼にとって色調整をしました。

司会:全部のシーンが大変だったというお話しでしたが、監督からもぜひ、監督としてとりわけ苦労されたということをお教えいただけますでしょうか。

ベルナード:いちばん苦労したのは、演技をつけるということでした。役者さんたちには10日間の演技のワークショップに参加してもらって、色々と稽古をしたのですが、とにかく2人とも複数のキャラクターを演じ分けなければならないので大変でした。特に女優さんの方は3つのキャラクターを演じるわけですから、毎日、「いま貴女はこの役をやっているのよ。あっちじゃないのよ」と、いちいち注意をしなければなりませんでした。その他にも、いろいろなシーンについて研究しなければいけないし、ストーリーにもより深みを持たせなければいけないし、とにかく大変でしたけど、それでもいちばん難しかったのは、やはり演技をつけるということでした。

イニゲス:いま監督は、なんら自慢することなく話してましたけど、演技をつけるということに関してはとても素晴らしい仕事をされたと思いますよ。


質問:今の話とちょっと絡むと思うのですが、主役を演じた2人の役者さんの従来のイメージと、劇中のキャラクターとがまったく違っていて、ものすごくびっくりしました。これは、役者にとってもかなりチャレンジな仕事だったのではないかと思うのですが、オファーがあったときの、こういうキャラクターをやるんだと言われたときの、2人の反応はどうだったのでしょうか? そして、フィリピンの観客にとっても、これはびっくりするキャラクターだったと思うのですけど、フィリピンの観客の反応はどうだったのでしょうか?
(この質問は僕がしたものなのだけれど、通訳の方が後半の質問を「フィリピンの観客のこの映画に対する反応はいかがでしたか?」と訳してしまったのにはガッカリ。そういうことを聞きたかったわけじゃないのに。)

ベルナード:この脚本を書いている時点では、あの2人の俳優のことはまったく念頭にありませんでした。あの2人については、プロデューサーが「あの2人を使ってほしい」と言ってきたのです。
 私は2人を起用するにあたり「あなたがた2人は、この役にはぜんぜん合わないと思います」と率直に伝えました。そのうえで「でも、どうしてもこの役を演じたいのであれば、条件があります」と切り出しました。女優に対しては「まず、髪を切ってください」と。私はカツラをかぶせるようなことはしたくなかったのです。男優に対しては「あなたはハンサムすぎます」、彼はモデルですからね、「今から体重を10キロ近く増やしてください。そして、口ひげ、あごひげをはやしてください」と。
 さらに「私と演技指導のコーチと2人で、あなたがたに演技の指導をします。それでもやりたいという情熱があるのならば、あなたがたを起用したいと思います」というオファーをしました。2人はその条件を受諾し、その結果はご覧の通りです。私自身としては、とてもよかったと思うのですが、とりわけ男優にとってはとても難しかっただろうと思います。それまで彼は、ロマンチックな映画でとっても優しい役、優男のような役ばかりをやってきたのですから。女優さんの方も、今までは愛人の役が多かった人で、それが今回は3つのキャラクターをこなさなければいけなかったのですから、大変な仕事をしてくれたと思っています。

イニゲス:実はですね、さきほど何がいちばん難しかったかという質問がありましたが、私がいちばん大変だったと思うのは、あの男優の演技でした。(客席にむかって)あの男優さんがうまかったと思われる方は、ちょっと手をあげていただけますでしょうか?

ベルナード:(客席中の手があがるのを観て)悪くないってことよね(笑)
 えーと、二つ目の質問はなんでしたっけ?

通訳:この映画に対するフィリピンの観客の反応です。(だから、違うっての)

ベルナード:つい最近、Qシネマ国際映画祭というフィリピンで開催されている映画祭のオープニングで、初めてこの作品を上映しました。私にとって初めてのサイコスリラーですので、とても不安でした。観客がどのように反応するのか、まったく予想がつきませんでした。
 でも、観客は皆、映画を観ながら笑ったり、叫んだり、まるでジェットコースターに乗っているかのように反応してくれました。それまで明らかにされていなかった情報が新たに明かされるたびに、ワーッ! ヘーッ!と騒いでくれて、とにかくフィリピンの観客はとても反応が豊かで、そこは日本の観客とはずいぶん違うところですが、とても嬉しい反応でした。