「もうママとの思い出は全部描いちゃった」その女の子は

お絵描き帳を閉じました

 

きっぷをなくした子供たちが東京駅の詰所と呼ばれる所にに集まり

子供たちだけで共同生活を始めるという不思議な物語

その中の一人の女の子ミンちゃん(8歳)はご飯を食べる事は無く

いつもお絵描きだけをしています

不思議に思っていた主人公(イタル)がミンちゃんに尋ねると

「私はもう死んでいる子なの」とミンちゃんが呟きます

大好きなママとお別れしたくなくて現世に居るのだと

 

この世に生を受けて8年しか生きていないと、思い出は

一冊のお絵かき帳でも描き終えてしまう物なのかと

心が痛みます

 

ヤフーニュースに震災で当時6歳の娘さんを亡くして

今は語り部として活躍している母親の記事が目に留まりました

心無い人もいるようで「いつまでやっているの?」と言葉を

投げかけてくる人もいるそうです

 

(気仙沼市復興祈念公園)

 

思い出というものは過去への回想では有るけれど

もし、この子が成人式を迎えたら

もし、この子が結婚したら

もし、この子が親となり子供が出来たとしたら

その子の未来へと想いを巡らす終わらない

想い出も有るのかもしれない

人は言葉で理解してもらえない時に涙を流すといいます

母親が三日三晩語りつくしたとしても決して気持ちが満たされることは

ないでしょう

震災より13年

母親の涙に降り積もる時の重さを感じます

「時下し」そんな言葉は国語辞典を探しても

見つからないことでしょう

(気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館)

 

「自分の幸せが知らない誰かを傷つけるかもしれない」

涙を流す人を見てそう思うようになりました

少し考えすぎかもしれませんが

自分の戒めの言葉です

 

気仙沼の資料館で見つけた「ゴーヘイ」という言葉

船乗りの言葉で「前へ進め」 鎮魂の日には想いが巡ります

 

大学生と共同で震災時の避難を促す絵本が

完成したそうです

最後の1ページは愛娘の笑顔であってほしい