おはようございます。

 

気持ちの良い週末になりましたね。

 

 このところは、いろいろな方のブログを拝見させてもらっています。

 

特に気になったのが、カルトの大会の件です。(国際大会だったんですかね?知らんけど。)

 

 クロノーク師匠は、不本意ながら家族の為にカルト大会に参加しコロナに感染してしまいましたし

 

 一方で、毎度お馴染みのカルト教団側からの今回の大会は、近隣の方々から「称賛を得た」と言う本当か?嘘か?

 一体誰がそう言われたか?(自慢話ね)

極めて信ぴょう性のない自らへの誉を吹聴していますし。

 

 他の方のXの情報筋によれば、

近隣住民から「迷惑だ」の声が上がっているとの情報もあります。(こちらは信ぴょう性高いですね。)

 

 それで、何か?ネタないかなぁ〜なんて思いながら

 おんらいんらいぶらり

で、「正直さ」と検索してみました。

これもなんですが

やっちまったな! カルト教団っていう記事です。

 

これです!

 

どうして?こういう記事書いちゃうのかな〜って思いませんか?

 

 はぁ〜 とちょっとため息ついてから次を見てみますね。

 

こうあります。

 

1あなたならどうしますか

 

2間違いを認めるべき3つの理由

 

3どうすれば間違いから学べるか

 

自らへに特大ブーメラン投げてしまったという自覚がないのでこの手の記事

 

書けるんでしょうね。

 

お気の毒です。

 

じゃあ 一つ一つぶっ壊していきましょう!

 

1あなたらなどうしますか?

 

A:黙っておいて神にも末端信者にも知られないことを願う。

B:神や末端信者に正直に話す。

 

2間違いを認めるべき3つの理由

 1そうするのは正しいこと。だとわかっていても神にも末端信者にも正直に行動できない。

 

 2自分の間違いを認めるなら、人から許してもらいやすい。

  これができれば本当に楽になれるのでしょうけど、子供に「鞭」を散々やってきて

   せっかん死の記事も新聞に載ってしまってもまだ、子供に鞭しろ!

   と言ったことはありませんという始末。

 

3もっとも大事なこととして、エホバ神に喜ばれる

 「ねじくれた人はエホバにとって忌むべき者もであり、神の親密さは廉直な者たちと共にある」

  と聖書は述べています。(箴言3:32)

 

  

 ねじくれた 顔芸人。

 

どうすれば間違いから学べるか

 誰でも間違いをします。間違いを認めること、しかもすぐにそうすることは、謙遜さや円熟のしるしです。

 と自ら言っているのに

 

 1914年から111年が過ぎました。

 

 往生際も悪く

 

 重なる2つの世代

  この説明をしっかりできるエホバの証人は一人もいません。(Xの投稿より 名言ですね!)

 

すっかり間違えているのに正直でもないし「謙遜さ」のかけらもありません。

 

 このカルト教団の必殺技:沈黙。

 

どこまでご都合主義なのでしょうか?

 

 今日はなんだか記事を書いていて少し落ち込みました。

 

褒めるところが少ないし、虚偽や不正直さ、高慢さの方が優っている

 

あー情けない。😩

 

 後がないカルト教団です。間違いを公にしません。

 

今残っている信者は道連れになります。

 

 ご注意ください。現役の皆さん!

 

今日が皆様にとって爽やかな日となりますように!