真夜中、突然 

玄関のドアを激しく叩く音がした。


あまりに激しい音に僕たち姉弟は

慌てて目を覚まし、二段ベットから

玄関に向かう母の背中を目で追った。


外から聞きなれない男の怒声が響き

しばらくすると酒の臭いを全身から漂わせた

体格の良い中年男が母親に怒鳴り散らしながら

ズカズカと家の中へと押しいってきた。


「子供たちももう寝てるから静かにして!」

と男の腕をつかみ、懇願する母を、男は

僕たちの目の前で、力いっぱい殴りつける。


突然の信じられない光景に僕たち姉弟は

ただ目を見開きながら凍りついた。


男は焦点の合わない濁った眼でニヤニヤと

僕たち姉弟の顔を交互に見る。



そしてこの夜から・・

僕たち姉弟の長い悪夢が始まるのだ。




親子三人のささやかな幸せを突如、

ぶち壊したのは刑務所から出所したばかりの

実の父親であった。


日本最大の暴力団組織、

その直轄の組組長という肩書きを持つ

その男は、酒好きで気分屋・・

起こした暴行、傷害事件は数知れず、

自ら起こした事件のほぼ全てを

構成員に尻拭いさせ、虫の居所の悪い時は

いつも周囲を威圧し、物を壊し、当り散らし、

怒鳴り散らし、暴れ倒す・・

そんなどうしようもなく最低な男だった。



母はそんな男の後妻であった。


男は後妻の子である僕が

自分にまるで懐かない事が

とにかく気に食わなかった。



しかし・・

初めて人並みの愛情を与えてくれた

母の前にいきなり現れ、毎晩のように

その母を殴りつける男に幼子が懐く訳が無い。


僕の怯えきった態度は常に男の感情を逆なでする。



男はまるで虫けらを見るような眼で

「お前みたいに根性のない女の腐ったみたいなガキ・・・
なんで生まれてきたんじゃ?」

と僕のあごを乱暴に掴みながら言葉を吐く。


男の目を直視できず、何も言えず、

怯えた表情を浮かべ、小さく震えて涙を流す

幼い僕の姿は、この男を更に苛立たせた。


男の声にビクつき、怯える僕の

態度が男はとにかく我慢できなかった。


男は何かにつけて僕を罵り、蔑み、

「その女々しい根性を叩き直したるわっ!」

と怒鳴ると共に、鹿の角の台座に掛けた

黒檀の木刀を手に取り、何時間も何時間も・・

時に僕が意識を失うまで・・

執拗に僕を甚振(いたぶ)り続けた。



男が何気なく手を振り上げるだけで

僕は条件反射で身を竦(すく)ませる。


小さな体に染込んだ恐怖心は

抑えることなどできない・・


そんな僕の態度もまた男を苛立たせる。


この不幸の連鎖はこの後、

何年も・・何年も・・何年も続いた。



僕にとって、この男は父親でもなんでもなく

ただ暴力を振るうだけの「恐怖の塊」でしかなかった。


つづく
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