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ふる里のない人も
心の中に 帰る場所を持っている
そこには
美しい花が咲きほこっている
はるか南の島から
流れ着いたという花があります
昔々
インド洋を越え
南太平洋を黒潮に運ばれて
やがて日本に根づいたとか
沖縄や南九州
紀伊や伊勢
伊豆
南房総など
関東以南に自生して
七月から八月の
夏まっさかりに浜辺に群れなす
まっしろい花
浜木綿はまゆふという名前のその花は
乱れ髪を思わせるように
花びらを細くくるんとひろげて咲きます
そんな花の姿が
神社⛩の巫女や神主が祭祀に用いる
白いひらひらした幣ぬさの紙垂しでに似ており
その紙垂が昔は木綿ゆふ
(楮こうぞの繊維でできている布)で
つくられたことから
浜に咲く木綿のような花という意味で
浜木綿と名づけられたそう
【 浜木綿 】
太い幹のようにまっすぐに立つのは偽茎といって
葉のつけ根が筒状に重なったもの
そこから葉が伸び
葉の間から花茎が出て
六枚の花弁の白い花が傘状にいくつも咲きます
ヒガンバナ科
南国🏝のまぶしい光を浴び
白と緑のさわやかな色合いが白砂の浜辺に
くっきりと映えながら風になびく光景は
すっと暑さを忘れさせるようなすがすがしさ
それが一転
夕暮れ時になると香りをつよく放ちはじめ
甘やかな芳香に引き寄せられた虫たちが
花粉を運んでいきます
紀伊の熊野が浜木綿の
見どころとして有名ですが
『万葉集』に一首だけ詠まれた歌は
その熊野が舞台です
み熊野の浦の浜ゆふ百重ももへなす
心は思もへど直ただにあはぬかも
柿本人麻呂 (かきのもと の ひとまろ)
万葉集 巻四・四九六
生没不詳
飛鳥時代の歌人
『万葉集』に長歌十九首、短歌七十五首が収められる
七世紀後半から八世紀初めにかけて活躍した歌聖
熊野の浦に
無数に群れ咲く浜木綿の花は
まるで寄せては返す白波のようでもあり
そんな浜の光景のように
私の心は幾重にも咲き乱れ
また何度となくくり返し
あなたのことを思いますが
じかに会うことはできないのですね
旅先で詠ったこの歌は
人麻呂の心情の表われでもあったでしょうし
紀伊の国への行幸につき従った歌人として
仲間の心を代弁するように詠んだ歌でも
あったことでしょう
そうした背景を想像しながら歌を受け取ると
百重なす心とは
旅人たちが都の妻や恋人に会いたいと
それぞれに恋い願うさま
そのものとも思えてきます
また浜木綿は
あおあおとした葉が肉厚でまっすぐに伸び
【 万年青 】
日本や中国に自生した植物
人々に園芸として親しまれるようになってから
四百年以上の歴史があるとか
スズラン亜科
万年青おもとに似ていることから
別名を浜万年青はまおもととも
その万年青といえば
厚みのある深緑の葉を伸ばす植物で
さまざまな葉のかたちや模様の入った
園芸種が生み出され
江戸時代や明治時代などに
大変なブームを呼んだ
古典園芸の観葉植物🪴です
葉に白い部分のある斑入ふいりや
広葉ひろは
細葉ほそば
剣葉けんば
竜葉りゅうば
など葉のかたちが変わったもの
それらの葉芸を楽しむ品種は
千種以上にものぼるそう
万年の青という名のとおり
常緑の葉は災いを防ぎ
永遠の繁栄をもたらす縁起のいい植物として
好まれてきました
祭祀に用いる神聖な木綿や
縁起物の万年青になぞらえた浜木綿
浜万年青という花は
つくづく人に好まれ愛されてきた花だろうと
その名前からうかがえます
🏵📖
植物の名は知らないが
浜木綿はまゆうとか浜防風とか呼ぶのだろう
砂丘にしがみつくようにして
群生している
そこらに腰をおろして
彼は海を見渡した
沖に大きな島かげが見えた
甑島こしきじまだ
幻化📖梅崎春生








