*bloc de notas de color♡18* | ☆光のかけら☆ 乱蔵

☆光のかけら☆ 乱蔵

☆光のかけら☆

ある日、知る
こころに色があることを
言葉に色があることを
音楽に色があることを
時間に色があることを
わたしに色があり
わたしの名前に
ことだまがあることを

*BLEACHの色彩*に
彩られた
言の葉*言霊*花鳥風月
に触れてください

キラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラ





ある日、知る



こころに色があることを



言葉に色があることを



音楽に色があることを



時間に色があることを





わたしに色があることを





春の七草粥は
胃腸をいたわります




1月7日は五節句の一つ

人日じんじつの節句です

この日に七草粥をたべる習慣は
平安時代の記録にありますが

七種の穀物でつくられた
という別の記録もあります

イネ  アワ  キビ  ヒエ
胡麻ゴマ  小豆アズキ 蓑米ミノ

とありました



銀朱
【ぎんしゅ】

鮮やかな赤

朱肉の鮮やかな赤

天然に採れる真朱しんしゅ
辰砂しんしゃに対して
銀朱は水銀に硫黄を
加え混ぜたものを
焼いてつくった
人造の朱色の顔料です

色は天然朱より
鮮やかな黄味の深い

色名としては続日本紀
記載があります
弥生時代から古墳時代にかけて
死者の葬祭には墳墓の内壁に
朱を塗る施朱や
死者の鎮魂と再生を願って遺骨に
朱を塗ることが行われました

血の色を表わすことから
生命の再生を
祈ったものですが
朱には水銀が含まれているため
防腐作用があるためでもありました

朱砂しゅしゃにつぐ色とされ
江戸中期に使われました
清の中国画技法書として著名な
芥子園畫傳
かいしえんがでん

では
朱砂がないときは銀朱を使う
と記されています


丹色
【にいろ】

渋い赤

別名  丹たん

に はもともと
赤い土や赤い顔料のことでした
3世紀の邪馬台国の女王卑弥呼と
魏*ぎ との交渉を記した
魏志倭人伝
ぎしわじんでん

には
当時の倭国にも
其山有丹
そのやまたんあり

と書かれています

この赤土は丹摺り*にずり 
の染料であり
素焼き土器の原料でもあり
最古の赤色絵の具や
塗料でもありました
その色の通称が丹色です
その赤土にという美称をつけ
真赭まそぼ
と呼び
万葉集巻7(読み人しらず)
赤土に寄する
では
真赤土まはに
と詠まれています
あるいははに
映土はえに
ともいいました

赤土の粘土は人類最古の
酸化鉄顔料として知られていて
鉛丹*えんたん とともに
日本では奈良の都の寺院や
宮殿官衙*かんが の柱や梁の塗装に
用いられました

赤い色は
魔除け 厄除け 祈願
の色でもあるので
神社仏閣の柱や梁などに
使われました
この鉛丹の色も
丹色といわれましたが
丹はもともと赤
朱などとともに赤の色相を表わす
基本漢字の一つでした

方丈記では
養和の飢饉の頃
貧しい人々は自分の家を壊し
薪*まき として売った
しかし
その薪には
赤い丹の塗料がついたものもあった
これは
寺に入り込み
仏像や堂のものを盗み
薪にしたに違いない
何と堕落しきった世なのか

と嘆いています


古事記-下・歌謡

物部の  我が夫子(せこ)が 取り佩ける
太刀の手上に  丹(に)画き著け

(712)
常陸風土記-行方

海は即ち青波浩行(ただよ)ひ
陸は是れ丹(に)の霞空朦(たなび)けり

(713)
浜松中納言-一

口びるにはにと云ふもの
塗りたるやうに

(11世紀中)
方丈記

薪の中に
赤き着き
箔など所々に見ゆる木
あひまじはりけるを

(1212)


【はに】

渋い橙

別名

埴生  はにゅう
丹  に
丹土  にど
丹土  につち

古代の赤色顔料の代表
はに
そお
埴生はにゅう
丹土にど
などと呼びました
埴生色の埴生は埴のとれる土地
または
土そのもののことです
埴生の宿
とは
土間にむしろを敷いて住む貧しい小屋
日本人は
その宿に情感と好意を感じています
丹土は赤土の色
日本書紀
素盞嗚尊
すさのおのみこと
が埴土の船に乗って出雲の国に
渡ったとあります
丹波・丹後は丹土を産出した地名
丹花とは美人の唇の美しさをいいます



【そお】

渋い赤
くすんだ黄赤

別名

赭  そおに
朱  そお
赭土  そおに
赭  あか

古代
赤土を焼いて得られた赤色の顔料を
といいました

河童*かっぱ 
といえばのイメージですが

遠野の河童は面の色
赭*あか  きなり

遠野物語    柳田國男

と顔はいそうです

沖縄版の河童ともいわれる
キジムナーは全身が
赤いらしい



万葉-一三・三三〇〇

おしてる  難波の埼に 引き登る
赤(あけ)の曾朋舟(ソホぶね)
曾朋舟(ソホぶね)に  
綱取りかけ  ひこづらひ

作者未詳   (平安初期)
談義本・根無草-前・二

赭(ソボニ)とて赤き土を
手にぬり㒵に塗て勤められしかども

(1763)


いつの日か

大好きな
わたしの色
に愛えますように


おはようございます
乱蔵デス
今日は七草の節句
食べましたニコニコ

皆さんにご心配をおかけしました
母と少しだけ話して来ました
照れ
乱蔵は一日多く休みを貰い 今日が
仕事始めでしたが
さらにお休みをもらって 病院へと
まさに 治療始め デスショボーン

チャーミー乱蔵は 相変わらず
食いしん坊デスもぐもぐ
今週も素敵な色の一週間と
なりますように
お願い





キラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラ