韓国が時々朝鮮戦争を引き合いに出し「朝鮮戦争は朝鮮北部(現在の北朝鮮)にいた旧日本兵によって引き起こされた」と言ってます。
勿論、この説を裏付けるものはありません。
ところで何故韓国と北朝鮮が睨み合うようになったのでしょう?
何故朝鮮戦争が起きたのでしょう?
今回は朝鮮戦争を簡単(?)に説明していきます。



朝鮮半島が南北に分割された経緯

日本が統治していた大韓帝国は、1945年の日本の大東亜戦争敗戦後、アメリカとソ連の話し合い(駆け引き)により、北緯38度で南北に分割占領されます。
当初は自由に行き来できましたが、1946年5月23日に突然禁止になりました。
南北の親戚や、たまたま南北に旅行していた人も帰れなくなり、離散家族が発生します。
その後、1948年の8月15日に南部には大韓民国(以下:韓国)、同年9月9日には北部に朝鮮民主主義人民共和国(以下:北朝鮮)が建国されました。

朝鮮戦争の開戦

北朝鮮は、朝鮮戦争を「アメリカと韓国が計画的に準備し起こした侵略戦争」と主張していますが、実際には1950年6月25日未明、約10万人の北朝鮮軍が、宣戦布告無く国境を越えて侵攻し開戦しました。
対する韓国軍は、北朝鮮が国境線に戦力を集めていることを把握しておきながら、土曜日やら田植えやら陸軍庁舎落成の宴会やらで警戒態勢を取っていませんでした。
戦力も北朝鮮はソ連の最新戦車200両以上に対し韓国は戦車を1両も持っていませんでした。大半の韓国兵が戦車を初めてみたそうです

国力の差

日本が統治時代に建設した工業施設は北部に多かったため、開戦時の工業力は、現在とは逆に北朝鮮の方が圧倒的に上でした。
(例)発電量 北朝鮮:韓国=10:1
軍備も、ソ連の支援によって、北朝鮮が圧倒的に優勢でした。
戦車 北朝鮮:韓国=240輛:0輛/砲 552門:91門/航空機 211機:22機(しかも練習機)

北朝鮮軍は、混乱する韓国軍を簡単に撃破しながらソウルに向け進撃。
開戦3日目の27日に、韓国政府はソウルを放棄し、翌28日にソウルは陥落します。
開戦から僅か4日でソウルを陥落させました。
混乱する韓国軍は、南へ避難する際、まだ市民や部隊が残っているにもかかわらず、避難ルートの漢江に掛かる橋を爆破し、犠牲を拡大させました。(大統領令によるもの)

釜山まで追いつめられた国連軍

7月4日、アメリカは応戦のために、日本に駐留していた陸軍を投入しますが、アメリカも北朝鮮の装備を甘く見ており、あっさりと蹴散らされ、5日に撤退します。
その後投入された国連軍も、韓国軍やアメリカ軍同様に敗走を続け、8月には釜山まで追いつめられ、後ろは海という状況になります。
しかし9月15日、国連軍は、GHQとして日本占領の最高責任者でもあったマッカーサーが立案した仁川(現在の仁川空港付近)への上陸作戦を成功をさせ、北朝鮮の伸びきった補給線を断つとともに、挟撃します。
形勢は一気に逆転し、国連軍はソウルを奪回。
10月には北朝鮮の首都の平壌も制圧してさらに北進、10月下旬に残りは中国との国境の河だけとなりました。

中国が参戦

韓国も国連も、統一後の朝鮮半島のプランを検討し始めます。
しかしその時、数十万人の中国人民軍が国境を越えて攻め込みます。
アメリカとの直接対峙を避けたい中国は、この軍を、中国人民の自発的な参加による義勇軍であり正規軍ではないと言い張っています。
中国兵の3人に2人は武器を持たず、ラッパや鐘を打ち鳴らしながら、そして、戦死した「同志」の武器を拾いながら進軍するという人命無視の作戦でした。
国連軍は、中国の参戦を想定していなかったため補給が充分ではなく、中国軍の人海戦術にも混乱し敗走。
1月には再びソウルが陥落します。

朝鮮戦争・前線推移

体制を立て直した国連軍は3月に再びソウルを奪回し、38度戦まで押し戻します。
マッカーサーは、北進や中国への攻撃、原爆の使用を主張しますが、ソ連を巻き込んで第3次世界大戦に拡大するのを危惧したトルーマン大統領に解任されます。
その後、戦線は38度線沿いの山を獲ったり獲られたり、米軍が大規模爆撃したりと多数の戦死者を出しながら、2年以上も膠着状態となります。
因みにアメリカ軍が、大東亜戦争で日本を空襲した際の爆弾投下量の約3.7倍、60万トン以上を、朝鮮戦争で投下しています。
1953年、米ソの指導者が交代して状況が変わったこともあり、7月27日に休戦協定が締結ます。(現在は北朝鮮による休戦協定破棄により戦時中になってます。)
この休戦協定に韓国は調印していません。李承晩の反対により、韓国は休戦協定にサインしていません。

朝鮮戦争の犠牲者数

朝鮮戦争での戦死者は統計によって大きなバラツキがあるためハッキリしていません。
394万~474万人以上となっているので、ハッキリしていません。(軍人一般市民を含めた数です。)
戦争後に韓国で李承晩大統領の命令により、政治犯や共産主義が疑われた市民など、少なくとも子供を含む20万人が虐殺されました。
一説では60万人~120万人とも言われています。
開戦前、北朝鮮は韓国で「参加すれば食べ物をもらえる集まり」のような、北朝鮮主催であることを伏せたプロパガンダを行なっていました。
開戦後、韓国当局は、それらの会合の参加者を住民同士の密告等で拘留しました。
その取り締まりには、民警のような組織も加わっており、個人的な恨みによる濡れ衣の拘留や、裁判無しでの処刑が行われました。
韓国では長い間タブーとされており、検証作業や、まとめて埋められた遺骨の発掘などが行なわれ始めたのは近年になってからです。
また、北朝鮮や中国軍も、進軍先で、略奪や虐殺あるいは徴兵を行ないました。
最終的に朝鮮戦争関連での死亡者数は、500万人以上と推定されています。大東亜戦争での日本人の死亡者数は約310万人(軍人、一般市含む)を上回っています。



簡単なまとめです。
これを読んで何処にも旧日本兵の姿は出てきません。
逆にソ連によるバックアップが疑われます。(開戦時の戦車ね。)
それに朝鮮戦争は内戦なので、北と南で決着をつけるべき問題なのです。

日本から駐留していたアメリカ軍が戦闘目的で行ってますが、この時はまだ日米安保が無かったので、日本からアメリカ軍が戦闘目的で出て行くのは問題ありません。