ちょっと前の記事に「 日本はASEAN諸国、朝鮮、中国で虐殺を行った」を自虐史と指摘しました。

三回に分けその理由を説明します。

今回はASEAN諸国です。

ASEAN諸国の数ヶ国は先の大戦で連合軍と日本軍の激戦地となった国は存在します。
激戦地として使用した敗戦国は怨まれそうですが、何故かASEAN諸国全てと言っても良いほど親日国家です。

何故かわかりますか?
答えは簡単です。
「西欧諸国の植民地となっていた国を日本が解放した」からです。

1900年代初頭のアジアがどうなっていたか知っていますか?
日本以外のアジア諸国は西欧諸国と不平等条約を結ばされたり、植民地だったりして最貧国ばかりでした。

そんな中、日本は国際連合で「人種差別撤廃」を言いましたが、西欧諸国の反対により否決され続けましたが、多数決で日本の案が可決されるはずでしたが、議長国(アメリカ)が「全会一致でなくてはならない」と言い幻となりました。

しかし、日本は諦めませんでした。
国際連合を脱退した日本はアジア諸国の解放の為に「大東亜戦争」をはじめたのです。
この大東亜戦争によりいくつもの国が日本の統治下又は独立をしました。

「日本の統治下」と言うと植民地と間違えられるので、補足します。
日本が統治下においた国で行ったのは(日本)本土と変わらない事をしました。これを「内地延長政策(又は内地延長主義)」と言います。

学校の建設、学業、農業、道の整備等です。
本当の植民地は「支配した国が支配された側の国の全てを奪う」これが本当の植民地の実体です。



少し話がずれましたね。
ASEAN諸国に親日家国家が多い具体的な理由ですね。
説明するより、史実を書いた方がわかりやすいので、簡単にですが、書きます。

今回は「パラオ」での史実です。

日本がパラオを植民統治下に置いていました。
日本はパラオに対しても内地延長政策を実施しました。
しかし、アメリカがパラオを奪還(強奪?)しようと艦隊をパラオに派遣しました。
パラオを守備するのは日本軍数千の兵士のみ。対するアメリカは日本軍の約10倍の兵力でした。
パラオを守備する日本軍はペリリュー島での戦いの為に地下豪を作り始めました。これに島民も加わり地下豪の完成は早くなりました。
ある夜、島民達が司令官に直談判しました。「自分達も一緒に戦う」と。しかし、司令官の答えは「我等帝国軍人が貴様ら土民と一緒に戦えるか!」と拒絶されました。島民達は一緒に過ごした日本人達に裏切られたと感じました。

ペリリュー島での激戦は避けられないので島民は疎開します。島民を乗せた船が桟橋を離れると日本兵は砂浜に駆け出し、全員で一緒に歌った日本の歌を歌い島民を送り出しました。
この時島民は司令官の言った事は自分達を「戦火に巻き込ませない為の妄言」だと。

その後、ペリリュー島は大激戦の一つとなるほどの戦いでした。
日本兵で生存したのはわずか23名。他は「靖国で会おう」を合い言葉に戦火に散った。

戦いの終わったペリリュー島に島民が戻ると一緒に楽しく過ごした日本兵の無残な死体が点在していました。
島民は日本兵を丁寧に埋葬してくれました。
勝利したアメリカは日本との関係を断ち切る為に、田畑、道路、学校等を破壊し、捏造教育をパラオに根付かせようとしましたが、年長者によって拒絶され、捏造教育が根付くことはありませんでした。

アメリカの統治下におかれたパラオですが、現在は独立国家となりました。
パラオの一部では現在も日本語が公用語としてしようされているそうです。

これがパラオと日本の史実です。

左傾化教育は大事な部分を一切教えず、捏造された部分だけを教えています。
これからも史実や脱・自虐史を書いていきます。






オマケ
パラオにはかつて南朝鮮がかけた橋がありましたが、ある日突然崩壊。
新しい橋は日本のODAで作られました。