いつもと変わらず仕事から家に帰った時の事だった。
2週間前に買った人参が、自分の存在を主張するかのように「ここにいるよ」と訴えかけてきた。
彼らの存在は玄関を開けた瞬間に感ずるものがあった。特に今日は強く感じた。
しかしながらその姿が見えることはなかったため、僕はいつもと変わらず着替えを済ませ、夕飯の準備をするのであった。
調味料はコンロの下の棚に入っている。油をフライパンに入れようとその扉を開くとそこには思いもよらない光景が広がっていた…
天井に身を潜めたゾンビの血が上から滴り落ちるかのように、人参の体液が、ポツリ、またポツリと棚の上段から流れていたのである。
人参はふやけ、体中の水分が外に出ている状況だ。買ったことを忘れ、ずっと暗闇に閉じ込めてしまっていた人参の悲しみの涙のように見えた。
と同時にその呼び声(異臭)はどこにいても聞こえる程で、お別れをした今でもまだ聞こえている。
良い教訓になった。人参は冷蔵して早めに食べよう。
忙しい日々が続く。
休みが身体に対しての“休み”になる。
今はいいよ、吸収する期間だ。
考えれば考えただけ自分にプラスになる。まだ20代前半だ。
でも10年後はどうだろう。20年後は?
自分のしたいことと仕事は一緒なのか。
天秤にかかってるのか。
それとも何も考えずただ働いて生きているだけなのか。
考えるとこわいね。
先のことだけど今の生活に直接つながっていること。だからすぐに感じるだろうな。
最近出会ったキラキラ輝いている人たち。
彼らはやりたい事が明確でそれに打ち込む気持ちがとっても強い!太い!催眠時間を削ってでも頑張れる。
正直そうなれることが羨ましいと思った。
今の仕事が嫌という事ではない。
でも短い人生を振り返った時に、必死になって打ち込めたバスケほどのものが今はない。
この先今の仕事が、そうなれるのだろうか。意欲は何で動かされる?
何でも良い。大好きなことに打ち込みたい!現在のモヤモヤ感はここから来てたのかな?
1日の3分の1を占める仕事。睡眠時間を除くともっとだ。
さらに言えば歳を重ねると人生の半分以上を仕事に費やす。仕事を楽しまないで人生楽しいの言えるのか。仕事を楽しめずに休日を楽しめるのか。最近読んだ本の著者が書いていた。
その通りだと思う。
今は目の前にある仕事を楽しむために頭を使って、打ち込みたいと思えるような気持ちに持っていくことから努力してみようと思います。

