十六夜の月 ~月に叢雲 花に風~
一昨日の夜の
スーパームーンは
我が家のあたりでは
雲に邪魔されて見られなかった。
だけど
昨夜は
雲の切れ間から
時々その
スーパームーンの姿を見て取れた。
「十六夜の月」ではあるが、
見た目には満月と変わらない。
見た目の月と
同じように撮りました。
このような月には
夢があります。
同じ倍率で、
露出を適正にして、
月の表面のニキビまでとらえると
このようになります。
いかにも球体であることが分かります。
十六夜の月の面影は、
右下の方に少し出ているでしょうか。
「月に叢雲 花に風」
良いことはいつまでも続かない、という
ちょっと寂しい言葉ですが、
直訳で考えると、
少しロマンチックです。
倍率を落として、
雲と一緒に撮影。
今を精いっぱい生きなければ、
いつ雲に隠されるかわからない。
月のとっては
「一寸先は闇」。
人にとっても
同じです。
余談1。
「一寸先は闇」の意味は、
ご存知の通りに
「未来のことは(ほんの少し先のことは)
全く予測することができない」という意味です。
ここでいう
未来(ほんの少し先)というのは、
時間的な先のことであって、
距離的な意味ではない。
だけど
この言葉を直訳すると、
一寸という長さの単位を使っているので、
一寸先は人の目で見えるので
闇でも何でもない、と
言いたくなりませんか?
もうここまで言い古されると、
広辞苑でも
一寸=わずかな距離、に加えて
わずかな時間とか量とかの
広義の意味が書いてあるかもしれないが、
しかし誰が何といおうと
一寸は長さを表す単位。
時間を表すのだったら、
「一瞬」といってほしい。
「一瞬先は闇」。
これなら私も納得する。
国語博士も
赤信号みんなで渡れば怖くない、のように
流れに逆らえずに
このような言葉を認めているのだから、
軟弱なことよ。
Totoronのブログは
いつでもこうして脱線します。
読み捨ててください。
余談2。
十六夜の月の
「いざよい」を
「十六夜」と書くのは当て字。
本当は
「予(いざよ)う」という動詞で
「ためらう」という意味から
そう呼んでいます。
満月の夜の月より、
少し遅れて出てくるので
こう言いますが
本来なら
「予いの月」と書くところでしょうが、
十六夜をそのまま当て字にしてしまいました。
「万年青」と書いて「おもと」と読ませたり
「浜木綿」と書いて「はまゆう」と読ませたりするのと
似ています。
大脱線になってしまいました。




