スイカ ~食べ物の大衆化と食欲の関係~ | Totoronの花鳥風月

スイカ ~食べ物の大衆化と食欲の関係~


今では


余りにも大衆化している


スイカとバナナ。




若い頃に比べれば、


本当に食べなくなった。




私が小学生の頃には、


バナナは


高級な食べ物で、


病気にでもならなければ


食べさせてもらえなかった。





漁師町育ちの私には、


スイカも貴重な食べ物で、


のどが渇いたくらいでは、


井戸水を飲むのが当たり前で、


スイカなど姿も見ない。





だから、


食べさせて貰えた時には、


兄弟で、


できるだけ厚く切ってあるものを


先に取って食べようとしたものだが、


どうしておふくろは、


あんなに上手に


厚みをまるで同じように切れるのだろうと


不思議がったものだった。




そのスイカ。



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先日の猛暑の時に


久しぶりに食べた。




久しぶりといっても、


10日ぶりとか


一か月ぶりのレベルではない。





前にいつ食べたのか、


まるで思い出せないほど


もう何十年も食べていないような、


それほどの久しぶりである。




同じように


バナナもほとんど食べていない。




なぜ食べなくなったのだろうと


よく考えてみたら、


小さい頃


高級な品物だったものが、


大衆化したために、


いつでも食べられるという安心感から、


食べたい、という衝動が


自分の気持ちの中で


影を潜めたものと思われた。




スイカやバナナと同じように、


いつでも食べられる


安い食品はいくらでもある。





即席ラーメンであったり、


青物の魚であったり


卵やもやしであったり。




そんなものは


大衆的なものではあるが、


いつでも食べる。






それらと、


スイカとバナナが


どう違うのかと


考えてみたら、


それが


昔、高級なものであったのか、


最初から安いものであったのかの


差であるように思う。






今、


マグロも


ウナギも


希少価値化していて、


容易に庶民の口には入らないから、


機会があれば


無理してでも食べようと思ってしまうが、


上記の考え方に立てば、


マグロやウナギが、


近い将来、卵から養殖できるようになって、


市場にあふれだしたら、


意外と食べたいという衝動がなくなって


余り食べなくなるのではないかと


ふと思ったりする。





スイカもバナナも、


マグロもウナギも、


生涯食べなくったって


どうってことはない食べ物であることに


変わりはない。





食べ物があふれている


このご時世に、


食べられなくなるかもしれないと、


大騒ぎする必要は


全くない。






スイカを


何十年ぶりに食べた時に、


ふと考えたことでした。