アコウの大木 ~小学校グラウンドのど真ん中~
私が卒業した小学校は、
「玉林(ぎょくりん)小学校」という
非常に響きのよい名前を持つ。
小学校のある地域の名前を付けずに、
敢えて玉林小学校としたのは、
「磨けばる光る玉のような子供たちがたくさん集うところ」、
そんな気持ちを込めて付けられた名前だと思う。
目の前の道路を挟んだその先はすぐ海で、
それは広い広い東シナ海につながる。
小学校のグラウンドは
海抜1mほど。
台風や大潮の時には
道路やグラウンドが水没してもおかしくないほどの低さだが、
2,000数百年も昔の
神代の時代から、
津波などは発生せず、
水没したという記録はない。
そんな学校の
グラウンドのど真ん中に
小学校のシンボルともいえる
アコウの大木がでんと構える。
ご覧ください。
見事な「アコウ」の大木。
3階建ての校舎の高さと比較して
大きさを想像してください。
田舎のことであれば、
名木なのに、
正式な記録がない。
地面から枝の底辺まで、
大人が平気で立って行動できる高さだから、
2mはあるので、
樹高はおそらく8~9mほどあると思う。
幹周りは
大人が数人で手を繋がなければ回らないくらいの太さだから、
7mくらいはあるだろうか。
アコウの木は、
南国で
しかも海岸沿いにある木だから、
潮風にめっぽう強く、
気根を出して
空気中から直接水分をとるほどの生命力がある。
地下を掘れば海水が出るのではないかと思われる場所に
どっしりと構え、
私が小学校に入学した時から、
この威容を誇っていたので、
樹齢は多分
優に150年は超えているものと思われるが、
いかんせん
田舎のことで記録がない。
この地方は、
人口の減少が著しく
小学校も中学校も、
他の地区の学校と合併して、
学年が一クラスだけの小さな規模となり、
いつ閉校になってもおかしくない状況だが、
このアコウの大木のお陰で、
合併の時の生き残りの学校は
玉林小学校になり、
現在に至っている。
神々の故郷笠沙の御崎は
紀元前数百年も前から人が住んでいたのに、
今もその頃と何ら変わらない様相を呈しているのは、
何と表現したらよいのだろう。
自然は自然のままに、
そして人も自然の一員。
そんな姿の我が故郷の
小学校グラウンドにある、
アコウの大木の紹介でした。


