蓮の話あれこれ ~猛暑の中ですまし顔~
うだるような暑さが続き、
庭のバラ達は影をひそめ、
花壇には
ジュエルとその仲間達ばかりになってしまった。
そんな中、
お隣に咲くきれいな1輪の花。
前回のブログで
ティンシャの心地よい音色に、
仏の世界にいざなわれ、
心身を浄化してもらったが、
仏と言えば
この花なしには語れない。
「蓮の花」
まだあどけない蕾だが、
いったん開花すると
仏の台座にもなる花。
「蓮華座」。
如来や菩薩の像を安置するのに用いられる
蓮の花をかたどった台座をいう。
蓮は、
泥の中に根を張りながら、
泥にまみれることなく美しい花を咲かせる姿が、
仏教の教えと一致することから、
たびたび教えの中に登場し、
台座にまでもなった。
花びらが散った後に残る
種子は、
いかにも仏の残された申し子のようで、
ますます結びつきが強くなる。
もう一つの
「蓮華座」。
ヨーガなどで瞑想する時の座り方の一つ。
胡坐の形から、右足を左足の上に乗せ、
次に左足を右足の上に乗せ、
膝を床に付けて背筋を伸ばす座り方。
形が正三角形になり、
非常に安定した状態になる。
さて、
その蓮の花は
蕾が広がり始めて
いわゆる花の状態になり始めたら、
寿命は4日だけと決まっている。
このような花の時が
一番美しい。
この状態から完全開花し、
夕方になれば
またこの状態に戻り、
それを丸2日続けて、
4日目にはこのようになる。
この後、
潔く花びらがみんな落ちて、
中央の芯だけが残る。
ラーメン屋などで出てくる
陶製のスプーンを、
「散り蓮華」 という。
略して「レンゲ」ともいうが、
それはこの道具が
蓮の花が散った時の
一枚の花びらに似ていることから
そう呼ばれる。
「♪ひ~らいた ひ~らいた~ な~んのは~ながひ~らいた~♪
♪れんげのは~ながひ~らいた~ ♪
♪ひ~らいた~とお~もった~ら~ い~つのま~にか~つ~~~ぼんだ~♪」
みなさんよくご存じのこの歌。
この歌に出てくる「れんげのはな」は
「蓮の花」のことで、
決してレンゲソウのことではない。
それは2番の歌詞を見ればよく分かる。
「♪つぼんだ つぼんだ なんの花が つぼんだ
れんげの 花が つぼんだ
つぼんだと 思ったらいつのまにか ひらいた」
前述したように
1日のうちに開いたりつぼんだりする花なのである。
でも、
私などは
小さい頃から海育ちで、
蓮の花など見たことがなく、
畑や稲作の後に咲いている
「レンゲソウの花」しか知らなかったので、
この歌に出てくる「れんげのはな」も、
当然、畑や田んぼのレンゲソウだとばかり思っていたのだが、
その花は
いつまでも咲いていて、
「いつの間にかつぼんだ」り、
「つぼんだと思ったらいつの間にか開いた」なんて感じられずに、
不思議でならなかったのを覚えている。
大きな誤解を
大きくなるまで持っていた。
その「レンゲソウ」。
一般的には
「ゲンゲ」 と呼ばれるのだが、
花の形が蓮の花に似ているということで、
「レンゲソウ」もしくは「レンゲ」と呼ばれるものだから
ややこしい。
「ほのぼのと舟押しだすや蓮の中」
夏目漱石
夏の盛りに
「蓮見」という習慣のあった頃の歌ですが、
あの繊細な神経の持ち主の漱石が、
「ほのぼのと」と歌っているのですから、
この時には
何かよほどうれしいことでもあって、
心が穏やかだったのでしょうね。
あるいは蓮の花に
仏を感じて
穏やかな気持ちで詠んだ歌かもしれません。
夏の盛りに
さも涼しげに咲く
蓮の話いろいろでした。


