「信頼」について ~人や物との関係の底流にあるもの~
「さようなら原発10万人集会」に参加して、
自分で感じた事柄を
前のブログで述べました。
大半の方はそれに賛同して頂きましたが、
自分の置かれた環境から、
このような見方もあるのではと、
意見を頂いた方もありました。
それは、
要約しますと次のような内容になります。
「今、町工場で働く多くの工場が苦しんでます。
日本を支えるともいうべき下町の工場。
原発反対なのは良いと思うけど、今すぐ辞めさせようとか思うのならば、
今現在の原発に代わるエネルギーを見出すか、
反対する方々全てが太陽光設置義務とかして
何か行動を起こしてから反対してますか?」
反対するのは太陽光発電設備を設置などせずとも、自分の置かれた立場で、子供のため、家族
のため、地球のために、害のあるものは拒否する、それで充分ですと説明しました。
「だったら、多少の代償っと言っては失礼かもしれないですが、
それなりの電気に頼らないことを実現してから反対して下さい。」
このような強い口調の質問でしたので、
それなりにコメント返しで説明している事は、
読んでいただいた方には分かってもらえると思いますが、
それでも、
「反対する10万人を超える人すべてがソーラーにして太陽光だけでやっていけると、
結果が出てからでないと強制的に原発を鎮めることはできても
デモが静まった頃にまた原発を動かそうとするでしょう。
ただの抗議だけでは誰も動かすことはできないと思います。」
という激しい意見です。
反対意見は、何かをしてからでないと言ってはいけない、
という意見は全くの的外れなのですが、
それでも一応メッセージで懇切丁寧に説明させていただきました。
それでも、分かってはいただけないようで残念でした。
というのは、
その後、
メッセージで次のような言葉が寄せられたからです。
「さようなら原発10万人集会」報告 ~17万人の燃え上がるエネルギー」
での
私からのコメントが書き換えられているんです。
コメントの書き換えだけに幻滅しました。
ブログに入れたコメントは、
書いた人も書かれた人も操作・訂正などできないということを知らずに、
根本から疑われている事に驚きました。
自分の書いたコメントの内容を疑うとはどういうことでしょう。
そこで、信頼関係について今日は簡単に述べたいと思います。
我が家の扇風機。
台座の形を見て、
すぐに古い機種だと分かると思います。
でも、
今まで、故障は全くなく、
外のプラスチックカバーがひび割れたので
取り替えたのが
修理と言えば修理でした。
真新しいカバーに見えますが、
このカバーでももう10年は経っています。
さて本体。
メーカーは「東芝」
商品名は「Suiren(睡蓮)」。
モネの睡蓮をイメージして付けられたのかもしれないが、
涼しげな名前です。
風量調節はスライド式で、
弱・中・強などという3段階ボタン式ではなく、
無段階調節可能のすぐれものです。
ところで、
どれくらい古いかというと、
裏側に買った日付が書いてある。
名前はさておいて、
購入日が「昭和46年7月3日」。
西暦に直すと、
「1971年7月3日」である。
今から遡ること
実に41年前のことである。
それがいまだに現役。
今、
扇風機で10年以上経ったものは、
火を吹く可能性があるので
使用は中止し、
買い換えた方が良い、と
メーカーも販売店も叫んでいる。
ご丁寧に
火を吹く実験までして買い替えを促進しているのは、
マスコミもメーカーと販売店の手先だろうかと疑ってしまう。
10年以上たったものが危険なのは、
10年くらい前から
電気製品は部品に手抜きをして、
安いものを使い、
発熱部分でも
何年も持たないものを使っているから、
きっとそのように言うのだろう。
信頼のおけない部品を使った製品を作るメーカーと、
それが分かっていてその製品を売る販売店など
全く信頼するに足りない。
少なくとも
この扇風機は何十年使おうとも
発熱部分が発火することはない部品を使っており、
モーターが老化して回らなくならない限りは
止まることはない。
「買った人の期待にこたえる。」
それが信頼の第一歩である。
この扇風機は
決して私を裏切らないし、
私もこの扇風機を
「お前は火が出るのか?」なんて決して疑わない。
この相互信頼の関係で、
強いきずなが生まれる。
私の「東芝」に対する信頼は、
この扇風機に始まった。
40年も持つ電気製品を作っていては、
メーカーは儲からないだろうと思うなかれ。
その信頼から、
今では
もう一つの現代風扇風機、
4部屋に設置してある4つのエアコン、
電子レンジ、
大型テレビのバズーカ、
その後継者レグザと、
我が家の電気製品は
ほとんどが東芝で占められて来ている。
すべては
最初の扇風機に対する信頼から始まった。
信頼関係などというものは、
相手を信頼することから始まるのだが、
自分は相手を疑っているのに、
相手には自分を信頼してくれ、などという態度では
決して生まれるものではない。
さようなら原発10万人集会に集まった17万人は、
少なくとも同じ立場で
信頼関係が構築されていると確信した次第。
信頼は
相手に求める前に、
相手を信頼することから始まる。
「さようなら原発10万人集会」のブログを書いて、
つくづくそう思った次第です。



