笑う武蔵野 ~目に鮮やかな新緑の保護林~
武蔵野の春は
花だけではない。
さまざまな木々が芽吹いて、
今その緑が
鮮やかさを増してきている。
武蔵野では、
微小生物や
希少動物などを保護する目的で
その棲みかとなる林を
丸ごと保護林に指定し、
一般の人を立ち入り禁止にしている。
その保護林は
落葉樹が主であるため、
冬の間は地面まで光が届き、
明るい。
その林に
今、新緑がまぶしい。
もうすこし経つと
木々は緑に覆われ、
地面に太陽光が届かなくなるため、
低灌木が育たず、
奇麗な風だけが吹き抜ける
涼しい空間になる。
このような武蔵野の自然を
できるだけ残そうと、
各所に保護林があるが、
今頃は
その林の木々の上から、
小鳥たちのさえずりが
楽しげに落ちてくる。
そんな林のそばを、
道が通るが、
幹線道路から逸れて
ひっそりとしたところを通る道だから、
住民以外の車は通行せず、
静かな環境が守られている。
今、
緑が色づいてきて、
林を渡る風が心地よい。
故郷やどちらを見ても山笑ふ 子規
今まさに武蔵野は
山ではないが
笑う季節である。
山笑う、とは
春山淡冶にして笑うが如く、
夏山蒼翠にして滴るが如く、
秋山明浄にして粧うが如く、
冬山惨淡として眠るが如く
画論『臥遊録』から引用した言葉。
「笑う」季節にもう一つの話題を。
今人気急上昇中の女優
「武井 咲」
これを
「武井」はさておき、
「咲」の字を
「えみ」 と読む。
これを何ゆえに「えみ」と読ませる?
このように感じる人も
きっと多いと思う。
武蔵野の林の
山笑う状況を見て、
ふと思った。
「山笑う」は
山に緑があふれ、
花が咲きほこる時期を言うのだから、
「山が咲く」 という景色を想定し、
「山咲(わら)う」と書けば
咲くが笑うとなり、
笑いであれば
笑みであってもおかしくない。
ちなみに辞書で
「わらう」を引くと、
「笑・咲・嗤」が出てくるので、
そうこじつける必要はないのだが、
「咲」の字には
もともと「口(くちへん)が付いているのだから、
あるいは
「わらう」の方が当たり前の使われ方だったのかもしれない。
今から、
花が咲いたら
花が笑った、と言ってみよう。
それも悪くない。
我が家の庭では
ヨクサクスミレが
それぞれに笑っていて、
うるさいくらいに賑やかなものである。



