バングラデシュ視察 2 ~首都ダッカ市内の現状~
いよいよ
バングラデシュに付いてアップしますが、
地球上の位置だけ
ご確認ください。
三方のほぼ全域をそのインドに囲まれ、
南側のみ
ベンガル湾に臨む。
国の人口は
約1億6,000万人。
首都は
ダッカで、
市域の人口は
約1,300万人。
市域の広さが
145k㎡しかないことを思うと、
人口密度は
東京都の14.5倍。
東京都に、
今の人口の15倍の人が住んでいると考えるか、
東京都の15分の1の広さに、
今の東京都の人口が住んでいる、と思っていただけばよい。
それ程の人口密集地ダッカ。
一歩ホテルを出ると、
こんな景色。
崩れそうな建物の前を、リキシャが走る。
リキシャとは、
日本の人力車から来た名前で、
人が引かずに、
自転車に乗った人が引く。
人力車と自転車が
一体化したものである。
派手な幌が付いていて、
人を運ぶのが大半だが、
荷物専用(右側)もある。
道路は、
このリキシャと人と、
車とバスと、
リキシャを小さなオート三輪で動かす
オートリキシャ(後ほど説明する)であふれかえる。
とても日本人のドライバー感覚では、
前に進めたものではない。
右折、左折なんてとんでもない。
我々を乗せた車は、
大きな10人乗りのボックスカー。
滞在期間中
ドライバー付きで
連日借りている。
このドライバーが、
この混雑の中を突っ走る名人で、
私は連日、
「危ない!危ない!」を連発しながら、
事故の心配が絶えなかったので、
2日目にして
胃袋がダウンしてしまった。
交通事情も異常だが、
交通マナーも異常であることは、
後ほどまた記述する。
さて、
バングラは
河口のデルタ地帯なので、
地域を移動するのに、
どうしても船が必要。
桟橋で
コロンと寝ているのは、
大人ではない。
年端もいかない子供。
親を亡くして
食べるものもなく、
地方から出て来てみたが、
誰も面倒など見てくれない。
お腹は空くし、
やせ細って、
動く元気もないから、
やむなく寝ている。
この子は
将来どころか、
10日後の運命が読めない。
桟橋を渡っている時に、
何かが爆発したような激しい衝撃。
思わず首をすくめる。
先に行ってみると、
大型の渡し船が、
鉄製の桟橋に
舳先から突っ込んで
それで止まっている。
止め方がめちゃくちゃであるが、
誰もあわてない。
いつだってそうなのだろう、
舳先も桟橋も
ボコボコに凹んでいる。
その桟橋から、
護岸を見下ろせば、
そこで体を洗っている人。
岸はもう完全なゴミ捨て場。
その濁った水で
体を洗っている。
橋の下が
彼らの住みか。
屋根があるだけましだという。
改めて街を走ろう。
リキシャがとにかく多い。
これが渋滞の源なのだが、
利用者が多いのだから、
車が偉そうに威張れない。
それでも、
車とリキシャでは
当然車が強いのだが、
それは車が大きいからではない。
リキシャ生活の人と
車を所有している人の
生活レベルの比較で、
富裕層が強いのである。
ちょっと複雑。
周りの人家の様子。
およそ
人の住む家とは思えない。
日本ならば、
物置でもこれよりはるかにきれいだ。
リキシャの先の方では
果物を売っているところもある。
誰がかたずけに来るのか知らない。
漁っている人がいるのだが、
このゴミは
もう何十日もかたずけてないのだろう。
ここにも・・・。
これが、
バングラデシュの首都
ダッカの様子である。
ダッカ市内でも、
信号機の付いた珍しい交差点。
スムーズに流れるのかと思いきや、
信号なんて誰も気に止めていない。
青でも赤でも、
突っ込んだが勝ち。
躊躇して止まっていると、
後ろから
ものすごい勢いでクラクションが鳴る。
とにかくあちらでもこちらでも、
クラクションの音が絶えない。
我々の乗った車の運転手も、
ほぼ1日中鳴らし続けていた。
車が停車すると、
小さな子供や
大人たちが、
何かを買ってくれと窓に近づいてくるのは、
タイの貧困地域やベトナムと変わらないが、
バングラデシュでは
身なりが悲壮。
ダッカには
きれいな
旧王宮や
兵舎跡もあるのだが、
まず最初は
貧困と
交通事情を見ていただいた。
道路交通法なんて、
あって無きが如し。
どうすればよいのか。
もう、10年がかりの
教育しかないような気がする。
我々の目指していることは
決して間違っていないと確信する。
(次回に続きます)











