クモの巣の美 ~クモの糸の不思議~
年末などの
大掃除の時には、
竹ぼうきを逆さにして、
軒下のクモの巣を
何の感情もなく取り払っていた
幼い頃、
クモの巣を見ても、
不思議ともなんとも思わなかったが、
近頃は、
その美的な形状に
感嘆すら覚える。
そのクモの巣。
「クモの巣」 と一般的には呼ばれるが、
「巣」というものは、
そこで生活が営まれている時に
使う言葉で、
人でいえば
家にあたる。
コガネグモや
ジョロウグモなど、
その中心にとどまっているものに対しては
当たらないでもないが、
その他のクモは
必ずしもその中心におらず、
いつもは脇に隠れているものもたくさん居るので、
正確には
クモの巣ではなく
「クモの網」と言った方がよいかもしれない。
その
クモの網。
例えば
家の軒から
2、3mも離れた木の枝に
枠糸を渡しているが、
クモが、
軒下から下に降りて、
地面をノコノコ歩き、
目指す木の下まで行って
それを登り、
同じ高さの枝まで、
糸を引いて行って
枠糸を張るのだろう、などとは、
誰も思うまい。
思わないけれども、
張っていて当たり前なので、
どのようにして張るのかさえも
普通は考えない。
網の張り方を、
ご存知の方も多かろうと思うので、
そのような方は
今日はスルーして下さい。
御存じでない方に
簡単に説明します。
まず、
クモが軒下に居たとします。
そのクモが2、3m離れた木の枝に行くには、
自分が糸にぶら下がって、
ブランコみたいに揺れて行くことも考えられるが、
クモにはそんな智恵はないし、
ブランコを
漕ぐ方法も知らない。
それよりもっと
賢い方法で
向こうの木の枝に糸をつなげる。
それは、
自分のお尻を上にして、
細い細いクモの糸を、
少しずつ空中に出し、
風に載せて流すのである。
風に乗ったその糸は、
いつか木の枝に到着し、
そこに絡み付く。
その糸を伝って木の枝に移動するとき、
軒から新しく強い糸を引いていき、
枝までの枠糸を補強する。
それがまず最初の足場になり、
後は
その中心点くらいから
自分が下に垂れさがっていき、
下に適当な場所を見つけたら、
そこに糸を固定し、
新しい糸を引いたまま
また上がってきて
今度は中心に固定し、
その後、脇の方に移動して
別の場所にまたその糸を固定する。
それを繰り返して、
枠糸と
中心からの
放射状の糸を完成させ、
最後に、
レコードの溝みたいな
横糸を
一般的には外側から、
中心に向かって
等間隔に張っていき
網を完成させる。
網の張り方を
言葉で説明すると、
長くなるので
簡単に書きましたが、
理解していただいたでしょうか。
(クモの種類によって、網の形もいろいろありますが、
今日はごく普通の扁平な丸い網に付いて説明しています)
その、横糸の見事さ。
さて、
この網には、
ハエや、
蝶や
アブやハチなどは
簡単にくっついてしまうが、
なぜ自分はくっつかないのか。
この網、
横糸だけに粘液が付いており、
そこに触れた虫などが
くっつくわけだが、
枠糸と、
放射状の糸は
実はくっつかない。
クモはそれを分かっているから、
それを伝って
くっついた虫のところに行き、
捕獲糸をだして、
グルグル巻きにして自由を奪い
餌にする。
さて、
これまでの説明で、
クモは、
自分のお尻から、
意図的に
何種類もの糸を出し分けていることに
気付かれた方は
鋭い。
まず、
風に流す細い細い糸。
それを補強するための強い糸。
網の枠糸と放射状の、くっつかない糸。
獲物をくっつけるための粘液の付いた横の糸。
そして
獲物をグルグル巻きにするための幅広く束になった糸。
これらを
同じお尻から、
自分の意志で
出し分けるのである。
あの細い糸に
なぜつかまって居れるかは、
足先を拡大して見れば分かるが、
簡単に言うと、
足先にとがった2本の爪があり、
その2本の爪が、
更に櫛状に小さく裂けており、
それで
粘着性のある横糸をよけながら、
放射状の糸をひっかけて
移動するのである。
他の網のクモを
別の網のクモの網に
投げ入れてやると、
クモといえども、
網にかかって身動きが取れなくなり、
その網のクモに捕獲されるのは、
やってみればすぐに分かる。
このクモの糸の粘着力は
クモの種類によって強度が変わるが、
家の裏側の
軒下などに張られている、
茶色い
丸っこい身体をしたクモの、
網の粘着力は強力で、
針金で作った15cmくらいの環っかで
そっくりその網を頂き、
竿の先にセットして、
セミなどにかぶせて取ると、
トリモチなどでとったセミと違い、
羽を痛めることがなくて、
非常に重宝したのを覚えている。
小さい頃、
コガネグモを自分の家の軒下で飼い、
ハエなどの餌を与えて大きくし、
友達のクモと
喧嘩合戦をやっていたころが
なつかしい。
今の子供達は、
そんなクモなどを見せたら、
きっと逃げ出してしまうか、
泣きだしてしまうに違いない。
人は、
自然から余りにも遠くなってきた。

