九州の旅 7(最終回) ~照国神社と桜島~
今まで6回にわたり
「九州の旅シリーズ」を展開してきたが、
実質は我が故郷
鹿児島の紹介に終始した。
今日は最終回。
これは、
鹿児島の繁華街 「天文館」 から
ほど近いところにある
照国神社 の大鳥居。
照国神社 は、
照国大明神として
幕末の四賢公の筆頭、
薩摩藩第11代藩主の
島津斉彬 を祀る。
あの西郷隆盛が
終生師と仰ぎ
尊敬してやまなかった藩主である。
鎖国時代にもかかわらず、
徳川の意向を無視して
西洋の文明を大いに取り入れ、
薩摩を
日本最強の国にした殿様。
悲運の死を遂げたが、
その人となりは皆が認めるところであり、
こうして
鹿児島最大の神社に祭られている。
鳥居の大きさは、
おそらく日本一ではないかと思われるほど大きい。
彼の卓抜した見識は、
鎖国時代にもかかわらず、
西洋に
たくさんの留学生を派遣した。
若き薩摩の群像。
世界に羽ばたいた薩摩藩士たちの像である。
五代友厚(31歳)や、
森有礼(19歳)もこの中の一人。
彼らが
のちの日本を支える源となった。
さて、
最後に桜島。
でも雨のため、
私は
桜島を拝することができなかったので、
鹿児島の案内などに使用してある、
ネットの写真をお借りして
最後に紹介したい。
桜島 は、
鹿児島市から約4km離れているが、
昔は錦江湾にぽっかり浮かぶ、
名前の通りの島だった。
それが、
大正3年の大爆発で、
噴出した溶岩は、
麓の村々を飲みこみながら、
大隅半島まで到達し、
繋がってしまったのである。
立派な山だが、
昔の面影を残して
今でも桜島と呼ばれる。
紫さむる黎明の
靜けき波に星かぞへ
荒涼の氣に咽ぶとき
微吟消えゆくさつまがた
不屈の色もおごそかに
東火をはく桜島
旧制七高寮歌にもこのように歌われる桜島。
いったん火を噴くと
その勢いはすさまじい。
2,000~3,000m上空まで噴煙を噴き上げ、
風の乗って風下の町へ襲いかかる。
東風に乗れば、
4kmの海を越え、
猛然と鹿児島市内に灰を降らせる。
こうなれば、
もう傘なんて何の役にも立たない。
バラバラと
音を立てて降り注ぎ、
白いものは黒く、
黒いものは白く染めていく。
風が吹くと、
地面から灰が舞い上がり、
大雨が洗い流してくれるまでは、
いつまでも街中に滞留する。
ほとほと手を焼いている桜島ではあるが、
鹿児島の人は
そんな桜島が
みんな大好きである。
そして、
薩摩人の胸は
熱い。
「わが胸の燃ゆる思いに比ぶれば 煙はうすし桜島山」
(平野国臣)
最初から終りまで、
鹿児島の紹介に終始しましたが、
最後までお付き合い頂き、
ありがとうございました。
深く感謝申し上げます。




