雨に濡れた薔薇 ~命のスーパースター~ | Totoronの花鳥風月

雨に濡れた薔薇 ~命のスーパースター~


私が、


若い頃大病を病み、


大手術を終えて


生死の境をさまよった後に巡り合った薔薇、


それが


「スーパースター」




大好きなオレンジ色も鮮やかに、


得も言われぬ芳香を放つ。





私は


普通の生活で、


「癒される」という言葉は、


決して使わない。





なぜなら、


癒されるというからには、


その時、


己の精神か肉体が


病んでいる、ということになる。






私は、


自分のブログに来てくれる人が、


楽しく


幸せな気持ちになってくれることを


自分のブログの


喜びとしているから、


自分が病んでいる状態なら、


お情け頂戴になるブログは


絶対書かないだろうし、


また、


そのような病んでいる内面を


人に覗かれたくもないし、


覗かせたくもない。





だから私は、


普通


「心があたたまる」とか、


「心が落ち着く」


などという表現を使うが、


しかし、


生死の世界をさまよったあと、


このスーパースターに巡り合った時には、


本当にこの花に


気持ちがどれだけ癒されたか分からない。





その時の花は、


その病院の他の患者さんに差し上げてきたが、


それから幾十年、


この花と運命的な出会いがあったことは、


「薔薇 16 ~華麗なる世界・命のスーパースター~」  で書いた。






そのスーパースター、


雨に濡れてもまたよし、




Totoronの花鳥風月-su-1



このオレンジ色は


私の大好きな色。





明るくて、


そして暖かそうで・・・。





その雰囲気が


病の私を


どれだけ元気づけてくれたことか。



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株で咲かせたままにしておくと、


そよと吹く風に乗り、


その香りがゆったりと


漂ってくる。





この香りに接してから、


私は


香りが非常に精神を安定させることに気付き、


香の世界も覗くことになった。






色も形も、


そして香りも、


薔薇はそれらを、


人に意識的に働きかけてもいないのに、


見る人は、


自然に安らぎを覚える。





自然の中の


物と物との関係は、


そのようにして全く自然に成り立っている。





哲学者ハイデガーは

存在の深淵性と存在者の輝きを、

次のように表現している。




バラはある なぜと問わずに


バラは咲く ただ咲くがゆえ


バラは見ず おのが姿を


バラは訊ねず ひとの注視を