奈良と京都の旅 2 ~唐招提寺・鑑真大和上への思い~
好天に恵まれ、
滑り出し絶好調の旅の、
初めての訪問地は
奈良に数ある歴史的な仏閣の中で
鑑真大和上の唐招提寺。
南大門をくぐると、
このような
石碑。
日本の文化財に指定され、
世界遺産(文化遺産)にもなっている唐招提寺。
私などのよそ者が、
いまさら解説するに当たらないほどの寺社。
このような
歴史ある建築物の前に来たら、
もう、
どのように見るかではなく、
いかにその歴史に
思いを馳せることができるかである。
正面に
金堂。
ずっしりと
歴史の重みを醸し出す。
8世紀後半の
創建時の姿を残す
代表的な寄棟造りの建築物。
「8世紀後半」と言ってしまえば、
簡単に聞き流される恐れがあるが、
建築されて、
実に1000年超の時を経てなお、
その当時の姿を残すといえば、
少しは
その歴史の重厚さを感じてもらえると思う。
その中に安置されている
貴重な仏像。
中央に
本尊・盧舎那仏坐像。
その光背にある化仏の数は
864体もあるそうな。
その御本尊の
向かって右には、
薬師如来立像 が控えている。
本尊、千手観音像にやや遅れる
平安時代初期に完成したといわれるが、
重厚なイメージが
見る人の心を打つ。
御本尊の
向かって左には、
千手観音立像。
説明には、
脇手42本、
小脇手911本、
合わせて953本の腕があるというが、
当時はきっと
1000本あったのだろう。
手が多すぎて、
写真はボケているように見えるが、
本当は
手が震えてボケてしまった。
金堂には、
他にも
四天王立像が
それぞれの仏を守るように
安置されているが、
ここでは割愛する。
さて、
金堂を抜けて奥へ移動すると、
そこには校倉・寄棟造・本瓦葺の
経蔵。
さらに奥には、
同じ造りの
宝蔵があるが、
いずれも奈良時代に造られた
日本最古の校倉で、
国宝なのに
そんな感じを全く抱かせずに
静かにたたずむ。
木々の上から
野鳥の声が降ってくる。
そんな
苔むした林の中をさらに進むと、
開山御廟(かいざんごびょう)。
奥に立つ石塔が、
鑑真大和上の墓所である。
12年間に
渡日を5回試みて失敗、
次第に視力を失いつつも、
天平勝宝5年(753)、
6回目にして遂に日本の地を踏む。
それから10年間、
目が不自由ながら、
異国の地で
天皇を始め、
日本国民のために心と体をなげうち
授戒されるわけだが、
その心の内を思うだけで、
とてもとても
言葉では言い表せない崇高さが漂ってきて、
涙を禁じ得ない。
その頃のままに残された
崩れ落ちそうな塀。
いたるところに歴史を感じさせる
唐招提寺。
帰りがけに
ふと目についた
椿の赤が、
魂にも似て
印象的であった。









