高千穂峰登頂記 第2章 ~神への接近・落雷の恐怖~
前編より続く。
雨だけなら、まだ身体を動かし、果敢に頂を目指せば少しは身体の冷えるのを防ぐことができるかもしれないが、雷の時にそのような動きを取ると、鞍部にいて身の丈以上の退避物がないところでは、全く無防備のまま雷に身を曝すことになり、非常に危険なことである。だから、依然として動きがとれない。
寄り添っている岩も、高さ1、5mほどのもので、雨をしのぐためのものではない。ただ、その岩と一体になり落雷の危険から少しでも身を避けようとしているにすぎない。
雷のため動けないままに、雨具もなく冷たい雨にさらされている身体は、ぶるぶると勝手に震え、口までもカチカチと音を立てそうなほどに震えてくる。
こうやって夏山とはいえ人は動けなくなっていくのだな、と妙に納得しながら、でも、ここは鹿児島と宮崎の県境、それもお盆の残暑厳しい季節、凍えて死ぬようなことはあるまいと、自分に説明しながら、それでも雷鳴の音の合間に、濡れるのを防ごうとしてポケットにハンカチでくるんで入れていた携帯電話と時計を取り出し、10mほど離れた別の岩の、できるだけ雨のかからない場所に置いた。
まさかの時の通信手段を確保しておくためと、危険な金属を身体から遠ざけたいためであった。
金属を身体から離すことが何の防御にもならず、また身につけているからといって危険度が増す、ということは全くない、ということなど、この時はまるで知らない。雷に目が付いているわけではないから、離したからといっていかほどの効果があることか、と疑問には思いつつも落雷の恐れからは逃れられない。
友も、また10数m離れた岩陰にびしょ濡れで身を寄せている。
雷鳴が韓国岳の方に遠ざかったように感じられた時、腰を屈めながら友のいる岩陰に行き話しかけた。
お鉢から韓国(からくに)岳を望む。同じく新燃(しんもえ)岳も近くに見え、友はこの三山を一夜で踏破したつわものである。
「じっとしている間も動いていても同じ濡れるなら、雷の遠ざかった感じの今、この辺で勇気ある撤退をしようか。」
「・・・・・・そうするか・・」
友の話では、この鞍部から本峰への登り口に取り付けば、頂まであと20分位を残すだけで、雲がなければ頂がすぐそこに見えるはず、とのことであったが、我々はわずかその20分の距離を残して無念の決断をし、下山のために動き始めた。
すると、まるで二人の動きを見透かしたみたいにまたも上空でゴロゴロと雷が鳴り響き、我々は再び近くにある身の丈ほどの岩に張り付いた。
時折雷は、バリバリとまるでどこかに落ちているかのような音を立てる。とても身がすくんで動けるものではなかった。
夏である。
いくら山とはいえ、よもや雨にぬれて死ぬことはあるまいが、しかし雷はいけない。
軽装で、軽いハイキングみたいな気持で登って来た二人である。ここで雷に打たれて命を落とすようなことになったら、嘲笑こそあれ同情の余地はない。夏山を侮った愚か者の汚名を着せられて非難されるのは必至である。だから落雷などで命を落とすわけにはいかない。しかし、身を隠す場所が何もない高山での最良の策は、ずぶ濡れになりながらも身を低くして岩陰で小さくなっているしかないのである。
その間も雨は絶えまなく降り続く。
身を寄せているこの石だって、きっと上から転がり落ちてきたに違いない。また新しい岩が落ちて来ないとも限らない。更に土石流の発生する怖さも手伝って、思わず本峰の方に目をやると、雨はその粒を集めて小さな川のようになり、斜面にはいくつもの濁流の筋ができ、これがまたすべて我々のいる低い鞍部に流れ込んで来るからたまらない。
その早い流れが靴を濡らして足元を通り過ぎていく。
お鉢降り口から鞍部と本峰を望む。峰の斜面に水の流れたような跡が確認できると思いますが、ここを濁流が流れ落ちてきます。右端に写っているような岩にへばりついていました。だから雨は全くしのげません。有効かどうかは別にして、気持ちただただ雷からの避難です。斜面にはいつ落ちてきてもおかしくないような岩がいくつもあります。
激しい雨のカーテンが視野を遮り、目指していた高千穂の峰は近くて遠い雲の中である。
ニニギノミコトがこの地に降り立ち地上を平定するも、その気ままな行きすぎの行動をとがめて天照大神の意を受け、天に連れ返そうとして降りてくる神々に対し、反撃の意思表示をしたと言われる「天の逆鉾」。本来ならば剣を地に付き立てる時は切っ先を下にするのが普通であるが、この天の逆鉾は切っ先が天を向いている。
神話の解釈はいろいろあるが、この天を向いている天の逆鉾は、きっと天の神々に対する、来るなら来てみろという反撃の意志であると私も解釈したい。ニニギノミコトは、ちょっときかん坊であったようだ。
そのニニギノミコトは天照大神の孫で、コノハナサクヤヒメとの間に海幸(ホデリ)、山幸(ホオリ)をもうけ、そのホオリの孫が神武天皇であるといわれる。
さて本題に戻る。
友の住む所からほど近い高千穂の最高峰に、切っ先を天に向けて立つその天の逆鉾を見たくて、友に無理を言いここまで来た。
東シナ海に面する私の故郷は、古事記に記載のある笠沙の御崎で、高千穂の峰に降り立ったニニギノミコトは、そこから南東方向を一望し、笠沙の御崎に来た時にコノハナサクヤヒメを妻とし、前述の海幸彦、山幸彦が誕生したと古事記は伝える。
そのニニギノミコトとコノハナサクヤヒメを祭る社が、地域で一番高い山に鎮座するところで育った私は、ニニギノミコト降誕の地に少なからず興味を覚え、いつか行ってみようと思うようになっていた。
霧島のホテルで開催された同窓会を好機と捉え、東京から高千穂の峰を目指してやって来た身に、天はあまりにも厳しいこのような仕打ちである。裾野の霧島神宮では友と一緒にお賽銭をあげて、無事をお祈りもしてきたのに、・・・・。
ずぶ濡れでうずくまりながら、神に代償を求めるような愚かな考えを真剣とも冗談ともつかず思い浮かべ、苦笑しながら雷の怖さを耐えしのんでいた。
雨はその間も容赦なく体温を奪い、髪もシャツもズボン身体に張り付き、寒い・・・・。
岩陰に置いている携帯電話も濡れすぎて機能が停止するかもしれない。このままでは事故が起きても連絡が付けられなくなる。
「早く帰らなければ・・・。」
動くに動けない身には焦りの色が濃い。
続きは次回で。

