先日、5月5日 端午の節句だったので、
柏餅を食べて
菖蒲湯につかりました
看板は銀座6丁目の昭和通り沿いにありますが、昭和に出来たから“昭和通り”で、江戸時代になかったわけで映画に映っていた正面玄関は逆側の三十間堀ぞいにあったわけです。三十間堀の東側が木挽町といわけです。1951年まで木挽町、その後銀座東、1969年に銀座にとなりましたが、町会は東町会と西町会でいまもわかれてますし、神社も西側は日枝神社、東側は鉄砲洲神社の氏子区域になっています。
三十間堀は晴海通りの三原橋のかかっていた堀でつい最近まで三原橋はその名残が色濃く残っていましたが、いまはすっかりなくなってしまいました。
堀の跡地は妙に間口が細長いビルが多数あるという状態になったいます。
中京430号線と呼ばれる通りが三十間堀沿いの芝居小屋通りで、森田座の正面入り口はACホテル・バイ・マリオット東京銀座駐車場入り口あたりにあったということでしょう。