山梨県甲府市では、横沢町を中心にだるまが作られていた。甲州のだるまの特色としては、神棚に祀った時、下から見上げる人とだるまの目が合うよう、下向きに瞳点が入れられていることだ。だるまの胴体に小さなだるまがもう一つ描かれている「親子だるま」も、この地ならではのものである。左は武井八右衛門の昭和15年の作、もう一つはその弟、甲府武忠こと、武井忠次郎の戦後の作である。

武井兄弟による製作は、昭和40年代で終わり、その後はあまり甲州だるまのことについて、だるま市などでの話題が郷土玩具の世界でも聞かれなかったが、最近、乙黒武良夫(おとぐろ むらお)さんという作者をネット上で知った。よく調べると昭和44年の日本郷土玩具の会会報 竹とんぼ93号に、斉藤岳南氏(先代)の「甲州だるま昨今」という記事の中に乙黒という苗字が見てとれる。ネット上にも何件か紹介の記事があり、甲府の節分や、南アルプス市若草地区の十日市などで売られているとのこと、昨年の2月に、早速甲府の節分(大神宮祭)に出かけた。しかし、そこには甲州だるまの姿はなく、聞いてみると製作者が病気のため、出ていないとのことだった。確かに、ネットの記事は2~3年前のものが多く、このまま廃絶してしまうのではと思ってしまった。今年の1月、何か新しいことがわからないかと改めてネットで検索したところ、読売新聞の記事で事実を知ることとなった。それは昨年11月に、乙黒さんが病没され、最後に作っただるまを奥様が希望者に頒けていること、まだ、半製品のだるまも多く残されているということだった。早速、記事にあった連絡先に電話し、1月19日に訪問することとなった。お話を聞くと、私が昨年甲府を訪ねた頃には既に闘病生活を送られており、その間に作り置いたものが残されていた。ここのだるまはすべて手張りのもので、病身には堪える作業であったことが思いやられる。半製品については、これから製作してみたいという人があるので、それに期待したいとのことであった。

上の写真は、紙を張った状態の木型。このようにしておかないと、型が痛むとのこと。

面書き途中のだるま。

乙黒武良夫さんの、最後のだるま。まさに甲州だるまという感じの表情である。左右のものを比べると、明らかに型が違っており、手張りのだるまならではの面白さがある。以前は目を入れて販売していたが、あまりにも手が掛かるために目無しにしたとのこと。小型のものは引き合わないので作らなくなった。私の持っているだるまでも貴重な一品である。
甲府を訪れた時はとても寒い日で、道に迷いながらの訪問であったが、奥様から色々とお話も伺え、とても温かい時間を過ごすことができた、楽しい一日であった。乙黒さんの甲州だるまに後継者が現れ、新しい息吹が吹き込まれることを願いたい。