沖縄防衛局長が記者とのオフレコの席で発言した、「犯す前に犯すという人がいますか?」 というような主旨の発言で更迭されました。
そして、マスコミ各社の総攻撃で防衛大臣も責任を問われています。
皆さん一つ疑問を感じないでしょうか?
沖縄局長が発言した内容は別として、発言した場所はオフレコの席(すなわち記事にしてはいけないという約束の席上)です。
それを琉球新報はその約束があるのにも関わらず公表しました。
なぜ????
琉球新報はこう説明しています→「発言内容を報じる公共性、公益性があると判断した」
たしかに局長の発言は例えであったにしろ沖縄に対して失礼な言い方でありました。しかしそれは防衛局長、政府の本音だったと思います。
しかし、この程度でオフレコにも関わらず公共性、公益性がある! と正義感に燃え自信満々に公表されたら政治家たちはオフレコというシステムを信用するでしょうか。オフレコのシステムが崩壊して、全てがオンレコ(報道してもOK)になってしまったら政治家たちは記者の前で本音は言わなくなるでしょう。
ここで公共性、公益性について考えたいと思います。
A君がB君に言いました。
A君 「これから話すことは俺たち2人の秘密な」
B君 「うん、わかった。」
A君 「俺学校おもんないから明日下駄箱にプラスティック爆弾いれて無差
別殺人したろおもてんねん」
B君 「まじで!それやばいんちゃうん!」
A君 「内緒やで」
B君 「うん」
B君はその後、学校の先生に相談→A君逮捕
私はこのような場合公共性、公益性があると思います。もちろんB君のとった行動を支持します。
アメリカ君が日本君に言いました。
アメ君 「日本くん、今から話すこと内緒やで、お前友達やから教えといた
るわ」
日本君 「うん、わかった」
アメ君 「明日、ロシアの露助が最近調子のって周りの子に乱暴してるし後
ろから金属バットで殴ろうおもてんねん、だから明日騒がしくなる
思うし、お前静観しとってな」
日本君 「うん、わかった」
正義感強い平和主義日本君は露助くんにこの事を教えてあげた。
アメ君の反応→「日本君、約束破ったな、親友やとおもてたのに絶交や」
ということになってしまいます。
下手な例えですいません。私はこの日本君の行動を支持しません。
なぜならこのことにより裏切った相手との信頼が崩れてしまうからです。
今回の防衛局長の発言は、言い方は悪かったにせよ、公共性、公益性がそれほどあったとは思えません。
沖縄の心を傷つるものは絶対悪であって、その悪を懲らしめるためにはどのような手段(約束を破る)をとってもよい。そのように世論(私たち)が認めてしまってよいのでしょうか?
今回の件ではどのマスコミも琉球新報は勇気ある英雄で防衛局長は悪という報道をしています。1社も約束を破った琉球新報を非難するマスメディアがなかったことに私はとても危機感を感じます。
以前、中国で日本に対するデモの時、彼らはこう言い日本企業の商店などを破壊しました「愛国無罪!!」(愛する国のためなら何をしても許される)
まさに今回琉球新報のとった行動は「愛沖縄無罪」ではないでしょうか?
