匂いは気配。
体臭で相性がわかる、と、聞いたことがあるかと思います。
遺伝的な面から、自分との相性・将来的な子どもの健康に関わる大切な判断でもあります。
ただし、好きか嫌いかの話というよりも!という事を書いておきます。
アメリカの大学にて、感情と匂いに関する実験が行われました。
プルーストやアルベール・カミュなどの文学からインスピレーションを受け、感情との関係に着目したそうです。
嗅脳と感情や情動との関係が表される検査数値が出て、密接な関係があると結論しました。
機能や構造から見て、確かな裏付けとなりますが、実は嗅覚分野が解明されてきたのは、割と最近なのですよ。
これから、もっと様々な実験などが行われてくるのだろうと思いますが、別にエビデンスがあるからそうだ、というよりも、心身の感覚をもっと信用すべきだと私なんかは思いますよね。
私のお客様などに割といらっしゃいます。
匂いに関する見方を変えた事で、婚活や妊活に成功した方、結構いらっしゃるのです。
まあ、偶然に、ということで。
でも、これ、ちょっと考えてみても良いかと思いますので、書いてみます。
好きか嫌いか、これをもとに考えてしまいがちです。
でも、ちょっと違うのです。
快不快で見て欲しいのです。
生理的にムリ、ですね、あの感覚です。
私なども経験がありますが、好きではないが、不快ではない。
これは、大丈夫です、相性的に。
好きな匂いの奥に潜む 違和感 が、曲者です。
深い仲にならないと、なかなかその方の体臭には辿り着きません。
もっと言いますと、いまの世の中、人工的な香りが溢れ返って、本当の匂いが物理的に、わからなくなっています。
香害と言われるものや、過敏症の方が苦しむ要因ともなり得る訳ですが、これ、相性もマスキングしています。
ただし、敏感な人は、違和感やなんとなくで感じ取っています。
HSPも得意ですかね。
発達特性のある子も、感覚過敏ですが、その奥の本質的な匂いを感じ取りやすい子たちです。
知的な障がいを伴う方たちも、これに長けているかも。
要は、邪魔な理性や浅い知性が、この危機管理をダメにしているとも思います。
本能が何故、原始的かつ衝動性の強い欲求となるのか、それが全てです。
確かに「考察する」「精査」するのは、人間社会においては大切です。
しかしながら、本能的な感情が隣り合うパートナーシップや、生活基盤にある対人関係は、この原始的な感覚を無視できません。
なぜなら、生きる事が非常に本能的かつ原始的営みとなるからです。
匂いに対し、好きか嫌いか。
これ、嗅脳への情報となり、感情が喚起されますが、実は好きか嫌いかでは不確かな事でもあるのです。
誰それが使っている、流行っている、有名、など、余計な入知恵に左右されて、わからなくなっている方が実はとても多いです。
選択肢が多すぎたり、情報過多になりますと、自身の感覚が衰えてきます。
いわゆるブレインフォグ、脳疲労、あるいは、ストレス過多により「フリーズ」した様な感じに。
自分軸、他人軸とも言いますが、昨今の風潮により、自分の好き嫌いを「被せて「いる方も非常に多いです。
ところが、快不快というのは、自身にとってとても有益な感覚にも関わらず、好き嫌いに「マスキング」されて、よくわからない方もいらっしゃる。
生理的にムリ、の、根源的な感覚って、情報で着色されがちなのも怖いところ。
別に無理じゃないのに、ムリという流れ。
でも、おそらく、違和感としてはあるはずなのです。
あれ?の感覚です。
これが、本当に大切なのです。
私はお客様には、この快不快、違和感を掘り出すお手伝いを同時にさせていただいているのですが、確実に好きか嫌いかの次元でないことを、理解していただいています。
快不快を狂わせる世の中の風潮って、実はすごく恐ろしいです。
この違和感を無くすような在り方は、ご縁として結ばれていきます。
匂いと遺伝子のような、そんな相関関係が、ご縁にもある様にも思います。
スピリチュアルなようで、そうでもない。
人間の本能を「殺さない」世界であるべきです。
欲だけは肥大する流れ、それが本能とは違うと、気づいてもらうだけでも何かが変わるでしょうね。