この新月を機に。
京都は戻ります。
たぶん、気温差10度くらいあるのではなかろうか。
しばらくはまた、バタバタな日々。
さて。
新学期始まり、10日ほど。
行き渋り、不穏、不安、緊張。
うちは、いったり行かなかったと、割と楽に考えてくれています。
それで、いいの。
本当に、学校なんて、そんなでいい。
末子の保育園が、しばらく宙ぶらりんでしたので、もっぱら公園遊びにお付き合いしておりました。
するとね、たぶん一年生くらいかな?
男子がお母さんらしき方と、公園に遊びに来ておりました。
きっとね、一年生。
一学期は、きっと頑張って行ってたんだよね。
不安と緊張、いつしか楽しみが緊張だけになっちゃってね。
他の子みたいに、気軽に行けない。
他の子みたいに、楽しくない。
いや、楽しいのよ、きっと。
でも、それよりも緊張が上回るんだよね。
わかります、私もそんな事ありました。
そして、うちの子の多くも、そんなふうに。
毎朝、緊張。
何もなくて、緊張。
行事に、緊張。
日直に、、、 と、とにかく緊張が続いて、ある時充電切れしてね。
でも、大半の先生や大人は、わからない。
気づかないというより、そんなふうになる事を「知らない」。
話せばわかる、でもないんだよね。
そもそも、なんでもない事に緊張など、しないから。
ある子が言いました。
私はいじめられているわけではないのに、学校・集団に入れない。
不登校したり、別室登校したり。
辛い事があっても頑張る子がいるのに、私はいじめも辛い事もない。
ただ、緊張する。ただ、しんどくなる。
そんな私は、ダメな子だ。
って。
それに対して、なんとも的外れなアドバイスを送る大人や、したり顔の教育者。
私、正直、すごく驚きました。
わからないって、どういう事??と。
でも、非HSPやエンパス気質ではない人、感受性が過敏でない人、感覚が過敏でない人には、わかるはずもない。
そう、行き渋りや不登校って、明確な理由がない事もあります。
そして、ただただ疲弊して。
理由なき不登校って、いじめや確たる理由がないと、時にひどい罪悪感をもちます。
学校は、絶対。
学校が、全て。
そんな固定概念や、刷り込み、或いは、バイアスなどで、罪悪感、激しい自己否定や自己嫌悪なんかにも襲われます。
これが、また、苦しいのなんの。
これだけ、「多様」な世の中になってきたのに、在り方や生き方の模範は、依然としてあります。
だからかな。
人は、違う事を脅威とみなします。
これは、他者にも自己にも、です。
特に近頃は、それが過剰で酷いと感じます。
人と違う事を隠そうとする、それって、大変な労力がいる。
とにかく、疲れちゃうね。
そう、学校に行くだけで、とんでもなく疲れる性質の人が、たくさんいるのです。
それを、わからない「普通」の人。
仕方ない事ですが、もっと理解があったら、何かが変わるはず。
ちなみに、引っ込み思案だとか、内向的と理解している先生も、かなり多い印象です。
違うんだけどね。
まあ、わからないのも仕方ない。
だからこそ、もう少し 「そういう事もある」 というのを知ってもらえたら。
あと、◯◯がイヤだから。
とか。
よく行事で、そういう忌避による不登校や行き渋りだと思われる事が多いと感じます。
これも、違う。
ですから、
休んでもいいよ。でも、それが終わったらおいで。
などと提案なさる先生も、多くみえました。
これ、この言葉を耳にするたび、いやーな気持ちになります。
原因、それは、集団やきちんとしなければならない、プレッシャーや過緊張だよ、と、説明しても まあ無駄でした。
いずれにせよ、はっきりとした原因さえあれば、、、という認識は改めなければなりません。
解決が出来ない問題って、世界中にたくさんあります。
だけど、絶妙なバランスを保って、崩れない事が一番大切。
それが、行かない、という選択でもあると思うのです。
大丈夫、学習も学びも、どこでだってできます。
そういう「場所」などなくても、気持ちひとつで、如何様にも。
その気持ち、好奇心です。
どんなに多才で、どんなに賢くあろうとも、好奇心が薄ければ、全てを無意味にします。
好奇心の有無が人生を決め、広がりと深みをつくります。
好奇心が命を動かします。
スティーブ・ジョブズの。
貪欲であれ。愚かであれ。
行き渋りの無理解や、過緊張・不安の継続は、好奇心を潰します。
そして、その緊張、変な事では無いし、心の弱さとも言えません。
それを超える手段は、ゆくゆくは、身につけるべき技術です。
技術は身に付きます。
しかし、そういう 曖昧で繊細な理由もある、と、個別に寄り添う必要は、大いにあります。
型にはめて 理解と解決 の時代では無いのかもしれません。
多くの人は、「マニュアル」が必要。
正しい地図は、今目の前に見える景色と心と感じることの中に。
そんな中、人と違う事やその感受性故の選択は、むしろ賛辞に値するかもしれません。
ちなみに。
考えるより、感じろ。
こんな時に考える事は、問題や大切な何かをマスキングするだけです。
世間から見た、正当な理由を後付けしたり、させたりするのは、愚の骨頂です。
それよりも。
緊張を超える好奇心が見えた時には、ひとまずそれを見失わないように。
それが、緊張しやすい子の支え軸となり、未来を照らします。
前出の、公園の男の子。
今は思う存分、大好きな人や大好きなコトで、元気と落ち着く時間を取り戻してほしいものです。
ただし。
これにも、いろいろハードルがあるのですよね。
それはまた、今度。