毎年来る8/6日
私は被爆2世になる。

私は大のおじいちゃん子だった。
おじいちゃん、おばあちゃんと父、母、兄
妹でくらしていた。

おじいちゃんは絵描きだった。
絵を描くときは本名とは違う名前を使っていた。
いや、普段は実の名前よりその名前をいつも名乗っていた。

おじいちゃんが天に召されるまで名乗っていたのは、おじいちゃんの末の息子の名前だった。

74年前おじいちゃんは用事で広島の郊外に出かけていたが、家にかえろうとしたときに自転車の車輪が壊れて、なおすのに手間取っていたそうだ。

朝8:15分ピカーッ!!!!!
と強烈な光り。

おばあちゃんもおじいちゃんを心配して一番下の息子をおぶって、おじいちゃんを探したそうです。

おじいちゃんは自転車が壊れたおかげでたすかりましたが、おばあちゃんが小さな息子をおぶって市内に来た時の放射能のせいか小さな末息子はしばらくして真っ白になって天に召されてしまった。

おじいちゃんは93歳の誕生日に天に召されましたが、それまでずーっとその子供の名を名乗っていました。

大のおじいちゃん子の私は結婚して、三人目の息子におじいちゃんが愛した息子の名をいただいてつけました。

おじいちゃんは小さな息子が天に召された時自分もどうなっても良いくらい、悲しかったし、苦しかったし、寂しかったと、私が子供を持って親になった時話してくれました。

おばあちゃんはなお、辛かったと思います。
おばあちゃんから直接話しを聞くことはあまり覚えていませんが、私が小さい時から毎年、8/6の原爆の日の平和記念式典に連れて行ってくれてました。



私は被爆二世になりますが、
息子①は脳腫瘍3年生の時交通事故で、病院に運ばれて判明。中1の冬休みに摘出手術をするも、幸い腫瘍の細胞は死んでいて今は元気に働いてます。
息子③は5歳の時急性再生不良性貧血になりました。輸血をしてもしても、回復せず幸いに5番めの娘⑤が白血球の型がピッタンコで、10キロになるのを待って骨髄移植をして、今では普通以上に病気もせず、元気に働けてます。


だが、私は自分にも原爆のせいで遺伝子に傷がついていたりしたのかな?とか色々考えました。
素人の考えですが、原爆は本当に酷く悲惨な目に見えない悪さをする!!!!!って思ってます。

絶対に世界のどこにも
広島が最初で長崎が最後!!!!!

絶対に原爆は投下してはならない!

そう強く強く願っています。

普通に幸せに行ってきまーすって出かけた家族はバラバラになり、一瞬で幸せが奪われる。
どうか、どうか、そのようなことは、世界中のどこにもおこりませんように。

主人は自分の身体のことより、子供の病気を気にしていました。
主人が居てくれた間に2人の子供は手術をすることができて、今も病院知らずくらい元気になれたこと感謝です。

毎年、この日はこの様な事を考えます。
ごめんなさい。

皆様が笑顔多く、お幸せでありますように。
困っている方にも助けがありますように。

8/9は長崎の原爆の日です。
皆様と平和を祈れたら幸いです。ラブラブラブラブラブラブ
おもちゃに囲まれたマロン
ずっと
平和で幸せでありますように星星星