艦長レベル:7

 

キャラ:キアナ(15)、雷電芽衣(11)

 

1−14(普通)から記録

 

 

 

Autumn Fanという巫女さん用の扇だ。

45石を、34武士と、30巫女,二人で,ゆっくり割っていたら、サソリ人間ばかりが、大量に、何度も出現して、途中で、どういう具合か分からないまま、落ちた。

本当は、板きれを叩いて、Curse Bookを貯めておきたいところだが、御子さんが、石を割って、ドロップ・アイテムを欲しがるので、仕方がない。

ドロップ・アイテムは、巫女さんの収入となるように、約束している。

しかも、意外に意欲満々なので、こちらが疲労した。

二日、続けたら、翌日から、気力を失った。

今日の一言

イエスは、二人に答えた。「今、人の子が栄光を受ける時が来ました。

私はあなた方に何一つ隠すことなく、お話ししています。もし、一粒の小麦の種が地に落ちて、死ななければ、一粒のままです。しかし、もし地に落ちて、死ねば、豊かな実りのときを迎えられるでしょう」

(アンドレ・ジイドの「もし一粒の種、地に落ちなければ」という小説で有名な節。イエスは、本来、自分の使命であるユダヤ民族の救済に失敗したことの責任として、死を選んだと思われる。ユダヤ民族の苦難は、自らにあるのではなく、それを避けられなかったイエスにあることを示すためだろうと思うが、イエスの説く「愛」の実践として、弟子たちへの教えとなる。使徒行伝で、パウロがストア学派やエピキュロス学派の人々の前で、イエスの復活を説明すると、笑いが漏れたという記述があるが、「無学な」人々の「愛」の実践的態度は、これらの高度な哲学を乗り越えて、人々に感銘を与え、広がる)

(ヨハネによる福音書 12:23-24)


今日の音楽

Carole Kingの「You've Got A Friend」

You've Got A Friend

James Taylerの曲でヒットしたが、キャロル・キングの「つづれおり」というアルバムのカバー。
Antler Bowが、一個。

レベルは、35になったが、あの場所で、一時間ぐらい、遊ぶのが、楽しい。

巫女さんを育てようとしたら、70レベルの巫女さんが、村に現われた。

巫女さん同士、助け合っているようだが、こちらは、男性なので、遠慮した。


今日の一言

律法学者とファリサイ派の人々は、不貞の罪を犯した女性を連れてきて、皆の前に立たせた。

彼らはイエスに言った。

「先生、この女性は、不貞の罪で逮捕されました。

モーゼが命じた律法では、このような女性は、石投げの刑による死刑が相当です。

[註:婚約者を裏切って、別の男性と結ばれた]

ところで、先生は、どう思われますか?」

彼らがイエスにこう言ったのは、罠にかけるためだった。

[註:イエスは、罪を許すべきだと言うだろう。そうすれば、律法違反で告発できる]

巧くいけば、イエスを告発できるはずだった。

しかし、彼は、かがみ込んで、地面に指で字を書き始めた。

彼らがこの質問をして、そこに立っていると、彼は背を伸ばし、彼らに言った。

「あなた方の中で、罪を犯したことのない者が、まず最初に石を投げなさい」

そして、彼は、再び、かがみ込むと、地面に字を書き始めた。

彼らはこの話を聞くと、一人、また一人と、年長の者から,皆、去っていった。

イエスは、一人、残された。

その女性は、まだ、そこに立っていた。

彼は背を伸ばすと、その女性に言った。

「彼らはどこに行ったのですか?

あなたを非難する人は、誰も残っていないのですか?」

彼女は答えた。

「はい、誰も残っていません」

イエスは言った。

「そうですか、では、私も、あなたを非難しません。

ここを去りなさい。

しかし、二度と罪を犯してはなりません」]

[註:ヨハネは、愛情のない結婚をする女性の挿話を,サマリア人女性に続いて、ここでも、行っている。

具体的な会話が乏しいため、際立って目立つ。

イエスの母、マリアは、この女性と同じ立場におかれていた可能性があるためだろうか?(マタイ1:18)]


(ヨハネによる福音書 8:3-11)


今日の音楽

George Bensonで、「This Masquerade」

This Masquerade

作詞・作曲は、Leon Russell。
今日は、経験値が1.5倍になる日だった。

そのため、やたら、レベルを示す黄色い玉が増えた。

今、レベル34で、後一つで、35になる。

鬼熊相手だと、もっと速そうだが、すぐに止めるので、この程度だ。


今日の一言

イエスは、彼らに言った。

「私は、何一つ隠し立てをすることなく、あなた方に話しています。

もしあなた方が、人の子の肉体を食べず、その血を飲まなければ、生きながらえることはできないでしょう。

[註:イエスの肉体と血とは、最後の晩餐のたとえ]

私の肉体を食べ、私の血を飲む者は、永遠の生命を得ます。

私は、最後の日に、それらの者から死を遠ざけるでしょう。

というのは、私の肉体こそ、真の食べ物であり、私の血こそ、真の飲み物だからです。

私の肉体を食べ、私の血を飲む者は、私とともに生き、私は、それらの者とともに生きています。

生きている聖なる父が、私を遣わし、その方ゆえに、私も生きています。

全く同様に、私を食べる者は、私ゆえに、死ぬことはないでしょう。

ですので、この者こそ、天から降ってきたパンなのです。

あなた方の祖先が食べ、そして、その後、死ぬことになったパンとは異なっています。

[註:モーゼが荒野で与えたマナのこと。空腹を満たすためのみなら、身体の死は避けられない]

このパンを食べる者は、永遠に生き長らえるでしょう。

[註:最後の晩餐で、イエスは、自分の思い出として、長く記憶に留めるために、パンを別け、ワインの杯を一人一人に飲ますが、そのとき、パンを私の肉体、ワインを私の血と述べる。

ヨハネは、この挿話をモーゼの与えたマナと対照させながら、イエスへの信仰の証とみなす。

つまり、イエスとその言葉を信じさえすれば、永遠の命を得ることができる。

イエスのみを信じ、バル・コクバを偽預言者と考え、政治的中立を保つ限り、惨殺されることはない]


(ヨハネによる福音書 6:53-58)


今日の音楽

The Rolling Stonesで、「Satisfaction」。

Satisfaction

曲の末尾のボーカルは、正規のリズムを外している。
この日も、侵略者相手に、約1時間。

孟月は、この短時間では無理なようで、諦めた。

レベルは、33になり、もうすぐ、34になる。

レベル25から、ずっと、25大刀+7を使っている。

本来、孟月に持ち替えても良いはずなのだが、なぜか、持ち出すのが億劫で、そのまま使い続けている。

淡々と、レベルだけが増えていくという、気楽な状態で遊んでいる。


今日の一言

私は、人から称賛を受けたいとは思いません。

私は、あなた方がどういう人たちなのか、知っています。

あなた方の心には神への愛がないことも知っています。

私は、私の聖なる父の権威を元にして、来ました。

しかし、あなた方は私を受け入れませんでした。

しかしながら、誰か、別の人が、自分を権威あるものとして来れば、あなた方は、その人を受け入れるでしょう。

[註:バル・コクバの予告だろうか?]

あなた方は、お互い、誉め合うことが好きです。

しかし、あなた方は、ただ神からのみ、誉めていただきたいとは思いません。

では、どのようにして私を信じられるのですか?

しかしながら、私のみが、あなた方を私の聖なる父に告発する者であると考えてはなりません。

あなた方が希望を託しているモーゼこそ、あなた方を告発する当人です。

[註:ユダヤ教で最も重視されているのは、モーゼの五書、トーラーと呼ばれているもの]

もしあなた方が、本当にモーゼを信じていれば、私も信じたことでしょう。

なぜなら、モーゼが記述したのは、私のことだからです。

[註:第一次ユダヤ戦争を経て、モーゼの預言は、イエスであると公言するほど、キリスト教会の立場は強くなったようだ]

しかし、あなた方は、モーゼの書いていることを信じないのに、どのようにして、私の言うことを信じることができるというのですか?

(ヨハネによる福音書 5:41-47)


今日の音楽

John Lennonの「Mother」

Mother

ピアノとベースとパーカッションのみで構成された単純な曲だが、ジャズの奏法の影響を受けているため、複雑な印象を受ける。
毎日、赤国の侵略者の地域へ入り浸っている。

防御武士で、生命力のみを増やし、タイチをマスターにしている。

防御は、軽く300を超えているので、Generalを10人、20人でも、ほとんど平気だ。

スキルを繁用するため、青ポットはかなり減るが、赤ポットがほとんど減らず、経済的だ。

あの場所で、勇者のマントを使っても、平気かな、と思うぐらい、頑丈になっている。

そこで、毎日、ほとんど何も考えることなく、あの場所に行き、GeneralやStrong Generalを大量に集めては、これでも平気なんだと,思いながら、遊んでいる。

まるで、日常業務をしているようだ。

次第に獲得する経験値では、レベルが上昇しづらくなったが、それでも、今、レベル32になった。

レベル40にして、早くギルドを作りたい。

なぜか、Dragon Vallery中央に、最短距離にあるのも、赤国の特徴だ。


今日の一言

ヤコブの井戸は、そこにあった。

[註:ヤコブというのは、旧約聖書に出てくるユダヤ人の祖先]

イエスは、旅で疲れ、井戸のそばに座った。

正午近くのことである。

(サマリア人女性が、水を汲もうと近づいて来たので、イエスは、その女性に言った。

「水を、一杯、いただけませんか?」

彼の弟子たちは、食料を買うために、町に行っていた)

その女性は答えた。

「あなたは、ユダヤ人で、私はサマリア人です。

ですので、どのようにして、私が水を差し上げられるのですか?

(ユダヤ人は、サマリア人が用いるコップや水入れを[穢れているとして]使わないだろう)

イエスは答えた。

「もしあなたが、神がお与えになるもの、そして、あなたに水を所望している者について、ご存知でありさえすれば、あなたは、その者に求め、その者は、あなたに、命の水を差し上げるでしょう」

[註:命の水とは、イエスの教え]

その女性は言った。

「あなた様は、桶をお持ちではありません。

また、井戸は深うございます。

あなた様は、どこから、その命の水というものを汲まれるのですか?

私たちにこの井戸を与えたのは、私たちの先祖のヤコブです。

彼と、その子供たちと、その仲間たちは、皆、この井戸から水を飲みました。

あなたは、ヤコブより偉大だと主張なされているのではないでしょう?」

[註:この井戸の水より清浄な水があるというのか?]

イエスは、答えた。

「この水を飲むものは、再び、喉が渇くでしょうが、私が差し上げる水を飲むものは、決して渇きを覚えません。

私が差し上げる水は、それを飲む者の中で、泉となり、その者に命の水を与え、永遠の生命を与えるでしょう」

[註:イエスの教えを受けた者は、最後の審判の日でも、生きながらえる。恐らく、第一次ユダヤ戦争で、ナザレ派が中立を保ったために、ローマ帝国の報復による虐殺を逃れられたことが背景。さらに、第二次ユダヤ戦争を経て、第三次ユダヤ戦争(バル・コクバの乱)まで、この預言は、視野に入れているように思われる]

その女性は言った。

「先生、その水をお与えください。

そうすれば、私は決して渇きを覚えなくなるでしょうし、また、ここに来て、水を汲む必要もなくなるでしょう」

イエスは、その女性に言った。

「ご主人のところに行って、呼んで来なさい」

[註:洗礼には、夫の許可がいる]

その女性は答えた。

「私には主人がいません」

イエスは、返答した。

「ご主人がいないとあなたが言われるのは、正しいことです。

あなたは、五人の男性と結婚して、今、一緒に住んでいる男性は、実際には、あなたのご主人ではありません。

あなたは、私に,何一つ、隠すことなく話をされました」

[註:心の込もっていない結婚相手は、夫ではない。

この苦い事実を知っているあなたの、心身を捧げられる心の込もったパートナーは、あなたを理解できる主の息子、つまり、イエスになるだろう、という示唆?]


その婦人は言った。

「先生、私は、先生を預言者ではないかと思います」

[註:他の福音書、つまり、共感福音書では、サマリア人への布教は、失敗したと記述があるが、ヨハネは異なる見解を持つ。多分、それ以降の状況を踏まえて、サマリア人への布教を重視したようだ]

(ヨハネによる福音書 4:6-19)


今日の音楽

「Fly Me to the Moon」(jazz)

Fly Me to the Moon

ジャズは、楽譜にコードしか記載されていない。

演奏者たちは、そのコードを自由に解釈して、演奏するが、コードは一緒なので、ハモる。

演奏方法には、一つの、そして、唯一の規則しかない。

正規のリズムをはずすこと、である。

つまり、タン・タン・タンというリズムに合わせて、演奏するのではなく、ンタ・ンタ・ンタというリズムで演奏する。

そうすれば、どのような曲も、ジャズとなる。
昨日と同じことを繰り返す。

ほとんど死ぬこともなく、ポットの消費も少ないので、色々な雑貨品が落ちて、すぐに一杯になり、村に帰る。

10人ぐらい、相手にして戦っても、気楽なので、気分がいい。

孟月は、落ちないが、時間があると、試したくなる。

すでに、レベル28近い。

巫女さんとパーティを行って、経験値の上昇を抑えるか、ギルドに寄附するかしないと、あっという間に、30を超える。


今日の一言

(サマリア人女性が、水を汲もうと近づいて来たので、イエスは、その女性に言った。

「一杯、水をいただけませんか?」

彼の弟子たちは、食料を買うために、町に行っていた)

その女性は答えた。

「あなたは、ユダヤ人で、私はサマリア人です。

ですので、どのようにして、私が水を差し上げられるのですか?

(ユダヤ人は、サマリア人が用いるコップや水入れを[穢れているとして]使わないだろう)

イエスは答えた。

「もしあなたが、神がお与えになるもの、そして、あなたに水を所望している者について、ご存知でありさえすれば、あなたは、その者に求め、その者は、あなたに、命の水を差し上げるでしょう」

[註:命の水とは、聖霊のこと]

その女性は言った。

「あなた様は、桶をお持ちではありません。

井戸は深うございます。

あなた様は、どこから、その命の水と言われるものを汲まれるのですか?

私たちにこの井戸を与えたのは、私たちの先祖のヤコブです。

彼と、その子供たちと、その仲間たちは、皆、この井戸から水を飲みました。

あなたは、ヤコブより偉大だと主張なされているのではないでしょう?」

[註:ヤコブは、創世記に出てくるユダヤ民族の先祖]

イエスは、答えた。

「この水を飲むものは、再び、喉が渇くでしょうが、私が差し上げる水を飲むものは、決して渇きを覚えません。

私が差し上げる水は、それを飲む者の中で、泉となり、その者に命をよみがえらせる水を与え、永遠の生命を与えるでしょう」

その女性は言った。

「先生、その水をお与えください。

そうすれば、私は決して渇きを覚えなくなるでしょうし、また、ここに来て、水を汲む必要もなくなるでしょう」

イエスは、その女性に言った。

「ご主人のところに行って、呼んで来なさい」

[註:洗礼をするには、夫の許可がいるのだろう]

その女性は答えた。

「私には主人がいません」

イエスは、応答した。

「ご主人がいないとあなたが言われるのは、正しいことです。

あなたは、五人の男性と結婚して、今、一緒に住んでいる男性は、実際には、あなたのご主人ではありません。

あなたは、私に真実を言われました」

[註:心の込もっていない同棲相手は、夫ではない。

この苦い事実を知っているあなたの、心身を捧げられる心の込もったパートナーは、あなたを理解できる主の息子、つまり、イエスになるだろう、という示唆]


その婦人は言った。

「先生、私の思うに、先生は、預言者です。

[註:通りで、二人きりで,成人男女が話をするのは、不適切と考えられていた時代]

(ヨハネによる福音書 4:7-19)


今日の音楽

Takako Okamuraの「潮の香の中で」

潮の香の中で

冒頭のイントロは、和声法ではなく、印象主義的な不協和音であり,浜辺近くのさざ波を表現している。

このように、印象主義は、時折、現代でも使われている。
赤国の利点である侵略者弓兵の大群のいるところに行く。

左側の出口から出れば、すぐそばで、便利だ。

防御武士なので、5組程度でも、平気で倒せる。

ただし、途中で、スキルが切れると、すぐ死ぬ。

2~3時間、倒していたが、落ちるのは、旗と手裏剣ばかり。

飽きて、村に帰る。

何が問題なのだろうか?


今日の一言

弟子たちは、十分なパンを持っていくことを忘れ、舟には、一個しか、パンがなかった。

「注意しなさい」と、イエスは、彼らに警告した。

「パリサイ人のイーストとヘロデ党のイーストに、気を付けなさい」

[註:イエスの話に反感を持ち、殺害を計画し始めた人々]

彼らは、お互いに話し合った。

「先生がそう言われるのは、我々がパンを持っていないからだ」

イエスは、彼らが話していることを聞いて、彼らに尋ねた。

「なぜ、あなた方は、パンを持っていないことについて議論しているですか?

まだ気づかず、理解できないですか?

あなた方の心は、それほど鈍感なのですか?

目があるのに、見えないのですか?

耳があるのに、聞こえないのですか?

もう忘れたのですか?

私が5個のパンを五千人の人々のためにちぎり分けたことを?

残り物をかごに入れると、何個になりましたか?」

「12個です」と、弟子たちは答えた。

「四千人のために7個のパンをちぎり分けたとき」、イエスは尋ねた。

「残り物をかごに入れると、何個になりましたか?」

「7個です」彼らは答えた。

彼は、彼らに尋ねた。

「いまだ理解できないのですか?」

[註:イーストとは、考え方。その考え方を教え込まれている人は、危険]

(マルコによる福音書 8:14-21)


今日の音楽

ドビュッシーの「イマージュ1」から「水面のきらめき」

Reflets dans l'eau

表題を知っていれば、意味が分かるが、そうでなければ、何の意味か、即座には分からないだろう。

イマージュには、表題の意味すら分からない曲も多い。
レベル22に達し、赤国の二次村で遊ぶ。

あちこち、回ってみたが、黄色国のように、メティン・ストーンが落ちる場所が、決まっていない。

時折、黄色国の二次村に、赤国の武士が現われて、石を割っていたが、この調子では、石が見つからなかったからではないかと思う。

村を一周して、25石、30石を一個ずつ、見つけたぐらいだ。

後は、黒風の親玉のたまり場、右上で、少し戦う。

すぐに、Rubyが落ちたが、Gemは、時間がかかりそうだ。


今日の一言

イエスは、彼の弟子たちに言った。

「もしあなた方の誰かが友人の家に真夜中に行って、

『友よ、私に三個のパンを貸してください。

旅に出ていた友達の一人が、今しがた、帰宅したのですが、あいにく、その友人を迎える食べ物がないのです』

と言わなければならないと考えてみてください。

同時に、あなたの友人は、家の中からこう答えたと考えてみてください。

「静かにしてくれないか。

門は閉まり、私は子供たちと就寝中だ。

起きられないし、何もあげられない」

さて、どうしますか?

私はあなた方に言います。

もし、友人だからという理由では、その友人が起きてきて、あなたにパンを与えないとしても、その友人は、あなたに必要な物全てを与えるでしょう。

なぜなら、あなた方は、友人に頼み続けても、他人ではないので、恥ずべきことだと感じないからです。

[註:親しい友人なので追い返せない]

ですので、私はあなた方に言います。

求めなさい。

そうすれば、与えられるでしょう。

探しなさい。

そうすれば、見つかるでしょう。

扉を叩きさい。

そうすれば、扉は開くでしょう。

求める者は受け取るでしょうし、探す者は、見つけるでしょうし、扉を叩く者なら誰でも、その扉は開かれるでしょう。

あなた方が父親ならば、自分の息子が魚を欲しいと言うときに、蛇を差し出す者がいるでしょうか?

卵を欲しいと言うときに、サソリを差し出す者がいるでしょうか?

あなた方が(神に比べて)どれほど悪くでも、自分の子供に良い物を与える仕方は、知っています。

まして、(良いこととは何かを知っている)天の父は、求める者に聖霊を与えるでしょう。

(ルカによる福音書 11:5-13)


今日の音楽

ドビュッシーの『イマージュ 1』から、「運動」

Movement

調律や和音とは無関係に、音の組み合わせで、視覚的な効果を持たせようとしている。

やがて、この方法は、「バイオリン・ソナタ」のように、無調性音階に近づく。