15の時、地元の友達がマンションから飛び降りて死んじゃった。
「死」というものを現実の出来事として最初に経験した時だった。
現実の「死」は酷い衝撃だった。
悲しいという話しじゃなく
死んだって聞いた時に心に浮かんだのが
「ああ、アイツは死んだんだ。」
という、ただそれだけの感情だった。
人が死んでも世の中には何の変化もない。
ただ、アイツがいなくなっただけの
昨日と同じ今日が目の前にあった。
昨日までピンピンして生きてたのに
今日はもう、どこにもいない。
まるで黒板消しで拭いたみたいに
影も形もない。
ただ、それだけのこと。
その呆気なさに身が震えた。
人は死んだら、ただいなくなるだけだと知った。
天国も地獄もあったもんじゃない。
そして生きてる人間の記憶から
死んだ人間はいとも簡単に消えてしまう。
そりゃ友達が死んだんだから悲しかったに違いない。
悲しくて悲しくて、たとえ3日3晩泣き明かしたとしても4日目には
涙も枯れてしまう。
どんなに死んだ人間の事を思ったとしても生きてる人間は死者とは無関係の世界を生きていく。
その殺伐とした事実にひどく衝撃を受けた。
「ああ、死んだらそれで終わりかよ」って。
だから死ぬのが堪らなく怖かった。
だけど、どうすりゃ死なずにいるなんてことが出来るだろう。
人の生き死にには誰もコントロール出来ない。
ただの運だ。
運ということは自分もいつ死ぬかわからない。
そう考えたら鳥肌がたった。
今死んだらきっと何も残らない。
自分という人間が生きていたなんて
ことは地面に落ちた雨粒の一滴が、
後から降ってきた大雨の中で
あっさり消されてしまうみたいに
すぐに忘れられる。
忘れられることが怖かったんじゃなく、そうやって忘れられてしまうくらい自分の人生が空っぽだという
事実が無性に恐ろしかった。
自分はまだ何もしていない。
いい思いだって全然したことがない。勉強が出来るわけでもない。
贅沢をしたこともない。
人の役にもたってない。
そんなことを15歳の時に思った自分も、もう41年生きてきて56歳になった。
結婚。
長男誕生。
長女誕生。
親父の死。
離婚。
長男結婚。
再婚。
長女の誕生。
長女の結婚
震災。
お袋の死。
義理の息子や娘。
孫も6人。
色々な事を経て、今何を思うのか。
今年に入ってからも同級生が2人亡くなった。
今まで知り合ってきた人達。
これから知り合っていく人達。
41年たった今、俺の人生は少しは
空っぽではなくなったのか?
その答えはくたばった後じゃないと
わからないってことが人生なら
人生って何なんだろう。
生きてるうちは答えなんてわからないんだろうなぁ。
ふと、こんな事を考えた
3.11の夜だった。
今日で震災から5年。
震災から1年後の春に気仙沼の大島
へ行った。
何が出来るかなんてわからないまま
何もしない自分がすごく嫌で。
大島の人はテレビでは流せないような悲惨な経験をしているにも関わらず、とても暖かくそれは有難く迎えてくれた。
自分に出来る事は限られてたけれど
本当に喜ばれ、その力強い笑顔に
涙が止まらなかった。
「生きてる人間は生きてる分、頑張っていかないといけない。それが生きている人間の役目だから」
「いつも、亡くなった人達は私の周りにいますよ。」
お世話になった旅館の女将さんは
そう言い
「すいませんが明日は◯◯さんの旅館に泊まってあげてくれますか?」
と。
女将さんは震災で身内を8人も亡くしている。
にも関わらず他の人を気遣う。
俺は15の時に思った思いは
この時、間違いだったと初めて
気がついた。
人は死んでも心の中からは
決していなくならない。
震災で亡くなられた多くの尊い命。
でも、皆んなの心の中にはちゃんと生きている。
ライフラインのある首都圏に住んで
何の不自由もない俺は
もっとちゃんと生きなくてはと
心の底から思った。
最近よく友達から変わったと言われる。
もし変わったとしたら、きっとこの時だと思う。
生きてたら必ず明日はくる。
全ての出来事に感謝して
明日も精一杯生きるよう。
震災で亡くなられた全ての方の
ご冥福を心よりお祈り致します。
女将さん、近いうちまた行きますね
。
今度は家族で行きます。
なぁ親父、お袋。























