忙しい現代 時には立ち止まろう
2009年1月19日
私は、お正月に鎌倉に行ってきました。
初詣でではなく、お世話になった人と会いにでしたが。
その帰りのことです。
私は、一瞬の差で電車に乗り遅れました。
あと15分、
この寒いホームで次の電車を待つのかと暗くなっていると、
目の前で一人のお母さんが
小学生の子どもを叱(しか)り始めました。
「あんたが、のろのろしてるから、乗り遅れたでしょ」。
鬼のような目をしていました。
ふと、ホームの階段を見下ろすと、
一人のおばあちゃんが、
杖(つえ)をついたおじいちゃんを
必死に支えながら階段を上がろうとしています。
すぐに、私は階段を下りました。
気づいたのは私だけではありませんでした。
あの叱られていた小学生も。
彼と二人でおじいちゃんを支えてホームまで上がりました。
おばあちゃんとおじいちゃんから
たくさんのありがとうのことばをもらい、私も彼も
、こころが温かくなりました。
でも、こころが温かくなったのは、
私たちだけではなかったようです。
彼のお母さんが、彼を抱きしめて
「えらかったね。さっきはごめんなさい」。
そういいながら彼の頭をなでていました。
今年初めての幸せでした。
子どもたち、現代は忙しい時代です。
大人たちも君たち子どもたちも、いつも時に追われています。
遅れてはいけない、急がなくては、
町で周りを見渡せば、
そんな人々の姿がいくらでも飛び込んできます。
そして、ただあわただしく動き回る中で、
何か大切なものをこころから失い、
そして本当なら接し感じることができたであろう、
多くの美しさや優しさを失っています。哀(かな)しいことです。
私が小学校3年の時でした。
仲間二人と朝、学校に向かう途中、
たんぼにたくさんのドジョウがいるのを見つけました。
もう学校のことも忘れ、三人でドジョウ捕りです。
気づいたときには、すでに太陽は高く上がっていました。
三人で、叱られるだろうなぁと震えながら教室に。
あの時の先生のことば最高でした。
「どうした。ドジョウはいっぱい捕れたか。
見てた人から知らせがあった」。
私たちが、小さな声で「ごめんなさい」というと、
「いいんだよ。お前たちは、
今日はいい理科の勉強をしてきた。よしこれから別の勉強だ」。
子どもたち、時には、立ち止まろう。
遅刻してもいい、遅れてもいい、立ち止まろう。
そして、周りに美しいものや優しいことがないか、
ちょっと見てみよう。
きっと、たくさんの美しさ、優しさがあります。
そしたら、そばに行って、触れよう。
君のこころ、きっと温かくなります。
そしたら、また歩き始めよう。
子どもたち、人生は長い。走らなくていいんです。
時々立ち止まる勇気を持とう。