哀しみにつぶれる もう母から離れるな


昨夜1本の電話が鳴りました。


私の、定時制高校の教え子、


暴走族のリーダーをしていた子からでした。


「先生、夢吹き雄也のお母さんが亡くなった」。


そう言って、彼は電話の向こうで泣き崩れました。



夢吹き雄也、私が最も愛した生徒の1人です。


彼のお母さんは、生まれつき目が不自由でした。


養護学校では、優秀な生徒でした。


そして、卒業後、市役所の電話交換係に勤務しました。


雄也は、お母さんが、19歳の時に、見知らぬ男から、


乱暴されてできた子どもでした。



妊娠中絶を迫る、家族や親類の反対を押し切り、


「この子の半分は、私の子です。命です」。


そう言って、親や親類との関係を捨ててまで、産んだ子でした。


雄也を愛して、雄也のために生きていました。



市役所の同僚たちも、わが子のように彼を愛し、守りました。


しかし、彼は、母親が目が不自由なことで、


小学校時代からいつもいじめられていました。


そして、中学からは、彼を助けてくれた先輩とともに


非行の道に入りました。



雄也は、ほら吹きで暴走族仲間から有名でした。


いつも嘘(うそ)とわかるほらを吹く。


でも、仲間たちからも愛されていました。


いつも仲間思いでした。雄也は16歳の時、死にました。


仲間と暴走しているときに、パトカーに追われ、


仲間を守ろうとパトカーを引きつけ、


逃げる途中にトラックに突っ込みました。



雄也のお葬式の後、お母さんは、


雄也の写真を握りしめながら、私に聞きました。


「雄也の目、鼻、私に似ていましたか」。


私は答えました。


「そっくりです。優しい目でしたよ」



お母さんは、言いました。


「でも、口は…。いつも嘘ばっかりついて」


「先生、雄也の嘘、許してやってください。


こんな母親で、父親はわからない。


嘘でもつかなければ、生きれなかったんです」



私は、お母さんに言いました。


「お母さん、雄也は、嘘なんてついていません。


生きていれば、必ずすべてをかなえていた。彼は、夢吹きです」



そのお母さんが亡くなりました。


脳腫瘍(しゅよう)でした。


お母さんの葬式は、雄也の暴走族の仲間たちがあげました。


私は、区の墓地の納骨堂のロッカーに


お母さんの遺骨を納めました。


雄也のお骨にぴったりとくっつけて。


そしてお母さんの写真と雄也の写真を向き合わせて1つにして。


「もうお母さんから離れるなよ」。


私の教え子たちと涙で、ロッカーを閉めました。



子どもたち、今日は、水谷は、君たちに何も語れません。


哀(かな)しみにつぶれています。


今夜は、飲みつぶれます。ごめんね、子どもたち。