心と体と健康と豊かな人生ととことん向き合うブログ 太田 直 -89ページ目

心と体と健康と豊かな人生ととことん向き合うブログ 太田 直

元カイロプラクター&インストラクター

現在は心理学を学び、更にヘルスコンサルタントとしての道を歩んでおります。

皆様の心と体と健康と豊かな人生のお役に立つような情報をお伝えしていきます。

少なくとも

「できないことをできる様にする」

という言葉では、元気になる訳ではなく

「やりたいと思った事をできる様にする」という形にはしておいた方が元気が出てくる

いわゆる「人間にできること」の範疇にも

この「やりたい事をできる様にする」は入って来る。

もちろん社会的・生体的な限界の範囲内においてという意味でだ。


先に述べた限界の位置付けによっては

この「制限を持っている」という事象は

「不幸の原因」とも言えるし、

「その制限があるが故に幸福になってしまう」と言う事もできるのである

必ず付きまとう「制限」に関してネガティブな評価を下す事は、

人生において何度となく、その評価の低いものと向かい合う事となる様な現実を生むこととなる

周りには評価の低いつまらないものが増え人生そのものつまらないものとして認識されるようになるのではないだろうか。

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「人間には出来ない事」って言うのがあって

それは生体の限界
社会的な関係・金・物資の限界
心で作った限界

何かがそれだけど

返せば「人間にはできることがある」って事で

その中には「できないと思っていたもの」を「できる様にする」ってことも含まれる訳で

この制限の中であるならば、「人間には無限の可能性がある」という事も真実とも言えなくはない

しかしながら社会的な限界と生体的な限界は

人間である以上は従わざるを得ないものである事は揺るがない


この社会的な限界と生体的な限界が必ずしも

人を不幸にするものであるとは言えず、

むしろそれがある故に幸せである者もいるし

幸せになりうる素質・要素を含めたものであるとも言える


いわゆる限界=環境の位置付けは各個人の内面・精神の活動によって行われるものであるが

それを「不幸になる事の原因」と捉えるのか、「幸福になる為の原因」と捉えるのか

それも各人の判断に委ねられている





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「出来ない」

という事は

「やりたい」気持ちがあってはじめて

気が付くものなんだろうな、と


「出来ない」も悪くはないわけだ


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