心と体と健康と豊かな人生ととことん向き合うブログ 太田 直 -64ページ目

心と体と健康と豊かな人生ととことん向き合うブログ 太田 直

元カイロプラクター&インストラクター

現在は心理学を学び、更にヘルスコンサルタントとしての道を歩んでおります。

皆様の心と体と健康と豊かな人生のお役に立つような情報をお伝えしていきます。

ニューロロジカルレベルのCOEN

①現場感覚
②環境
③行動
④能力
⑤信念・価値観
⑥自己認識

の逆にあたる?拗ね者のマインドの様なものができました。


①混乱、混沌、迷い、決め手がないと思う状況
②寂しさ、悲しみ、不安、心配、不幸を認識する
③動けない、やり方がわからない、やっていい理由がわからない
④反応を停止する、反応をOFFにする、見ない様にする
⑤他者や環境・状況に対しての怒り、自分への怒り
⑥攻撃性の発揮、自虐、自己不要論
①'先入観/トラウマ経由の状況認識、今ここにいれない自分、拗ね者の精神構造を持っている状態

いかがでしょう?
①現場に立つ、業界・分野に進んでいく
②自分の凄い所を受け入れていく、認めて行く、見ていくことができる触れることができる、足を運ぶことができる
③行動・目的を前提に学んでいく、成すことを前提に経験を積み上げていく、行動しながら情報を得ていく
④目的に合わせて情報ややり方を選択できるようになっていく、自分を活かしていける様になっていく
⑤分析・解析に長けていく、物事を冷静に解析できるようになっていく、先の見通しが効く様になっていく
⑥自分のチャンスをものにできるようになっていく、するべきかしない方がよいのか自分なりの判断が効く様になっていく
タイトル「己を変えるチカラは外宇宙から来る」に返して

「そして我々は外宇宙を変える事もできる」

僕にとってそれは紙と鉛筆で充分過ぎる位の事だと思う

表現して、表現されたものが環境化することによって、環境に影響を受けざるを得ない人間の環境=外宇宙を変えていくことになるんだと思う。

表現にも種類があって
①体の反応=アンチストレス/デトックスストレスみたいな表現もあれば

②熟慮/熟考した表現であったり、

③何度も表現を繰り返す中で(環境化をし続けていったり)



表現の質はある程度意識を払う必要があるとは思う、

①アンチストレス/デトックスストレスに関する表現は、あまり共有される表現ではないと思う。

僕は体調管理が必要な状態であるということを示す一つの指標としてアンチストレス/デトックスストレスの反応は捉えておきたいと考えている。

一般に言うストレス発散は、表現とはカウントしていない。
発散すべきストレスをお持ちの方は表現する以前にするべき事があると考えるのだ。


②は言い換えれば、混沌の世界観の中で表現をしていくことだ。

混沌の中にあって、態度が一つその人の表現に強い影響を与える

「あるものを守る」態度や
「新しいものを求める」態度が顕著かも知れない

・前者はあるものを守ることで「混沌を避ける/払い除ける」
・後者は新しいものを求めることで「混沌の中/奥底/向こうに可能性や発見や混沌の解消を求める」

いずれも混沌を、「自分とは別のもの」ダークマターやダークエネルギーのように自分を取り囲んで逃れられないものとして捉えているように思える。

これらの本質は混沌に対するアンチなのだ


③は簡潔ではある。

前の②でアンチの対象だった混沌はむしろ③にとってはご馳走なのだ。

混沌があるお陰で様々な発見や感動があるとしている。

③は混沌を餌にして、自分の中に考え方という抗体的な思考ツールを作り出していく。

ツールや枠組みを介して世の中と関わり、世の中と自分との間に齟齬が生じる様ならツールや枠組み+それを支える論理的骨格を更新していく。


不安定を安定に変える、というと平たい表現になってしまうがわかり易いかも知れない。


しかし抗体的な、、、ということを踏まえて別の表現に変えると、③の思考は体が持つ免疫系と同じような動き方をしていると言えるのかも知れない。

僕はそうじゃないか?と思っている。

免疫を一言で言うと「自分じゃないもの」を見分けて「自分じゃないもの」を弱らせたり排除したりする。



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ひとつ余談だが、人体の免疫系が「自分じゃないものの完全排除」を目的として作られているかというと、「そうとは言い切れない」

共存可能な存在であれば既に後から共存を開始した、未発見のウィルスとかもいるかも知れない(笑:寝言かもね)

毎日の様に降っているという宇宙の塵の中にも、そんな共存希望者がいるかも知れないw

スパイダーマンを産んだクモの様に、或いは人類をより力強い存在に変えるウィルスとの出会いがあるかも知れない(笑:末期的想像w)


話がそれ過ぎたが、③の様に表現を繰り返す中で、過去の表現の中に、違和感や思い込み、「読み返してみると恥ずかしい」類の表現などが含まれていることを自ら発見することはよくある事だ。

上記のスパイダーマンの例様にw

余談が本当に余談だった。


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余談が余談だったという事に気付くことも③の過程で生じる

今回の部分は「外宇宙から来る」に対して持っていたイメージをデトックスした形だ。

書き物とかしている内に浮かんで来る本筋とは違うこと/余計なことなどは、その物語を吐き出してしまうとスッキリとする場合が多い


③の持つ思考は

ツールの更新と
余計なイメージや思考の排泄

からなっているという事で今回のまとめとして起きたい。



付け加えるが、人体にとって最も健康的な表現はいずれかと聞かれれば、

「③に決まっている」と言い切りたい程度には実践の中で健康的な効果を感じている。