<拗ね・甘えの構造>と<自分を頼る生き方>
拗ね・甘えの状態は正直、人生の物事って上手く運びませんね。
その甘えの構造をデザインしてみました。
自分のどこが甘えてるのか、甘えている時は自分では分かりずらいものです。
更に詳しい図もありますので、それも近日アップ致します。
この拗ね・甘えを転じたものが
自分を頼りに生きていくの図です。
力強い生き方ですね。
拗ね・甘えからの脱却時に参考にして見て下さい。
心御柱シリーズと心・知・体シリーズを合わせてできた○×6で、今回の「じゆうかんかく」ができあがりました。
開発ペースの多さに対して掲載のバランスが悪いのは申し訳ありませんが、まぁほぼ趣味ブログなのでご了承くださいませ。
心御柱+心・知・体は右下の「全体的な目的を了承する」に入っていきます。
夢を描くのを子どもに依存しないで、大人もどんな社会にしていきたいのか、納得するまで描いていかないと人生の「じゆうかんかく」は弱くなります。
やらされ感やどうしようもないという感覚で、社会に自分の頭を奪われている状況ではよい人生などはおくれません。
ちゃんと自分の頭、自分の感覚で社会と関わっていく、それをやっていい段階に社会も成熟してきているのではないでしょうか?
先ずは自分が「変化・成長」をしていくこと。大切にしたいと思っています。
「じゆうかんかく」を基にして、一日の中のコミュニケーションを表現してみました。
これを書いていて子どもの頃に感じていた、ワクワク感をリアルに感じ直しました。
子どもの頃、夢というと、家とか車とか「箱」ものの夢で描かなきゃいけないとか立派なものじゃないといけないと思っていて、上手く自分の感覚で夢を描けていなかったので、
今度の夢は可能性とか、成長・変化の楽しみとか、もっと「自分の」感覚・感情と向き合って描いていきたいと思っています。
ではでは。
読んでいただきありがとうございます。
この前、東陽町の事件を起こした犯人の供述から、書きとめたものです。
内側から脅迫的な声がする場合の精神の構造です。
僕の場合は
「死んじゃえばぁ?」と、
ふとした瞬間に耳元で囁かれていました。
今はその条件反射反応は無くなってます。
内側からの声は、いわゆる副人格ですが、
僕の場合には優しく寄りそい、時に鬼の様に恐ろしい二重人格の副人格が根底に存在しました。(僕の内の感覚では母親的な感覚でした)
「自分は完璧で言っている事は正しいことだ」ということを前提に積極的に「キーワード」をアピールしてきます。
しかしそこには、人間に不可欠な「変化・成長」についての概念が抜けてしまっています。
二重の副人格の手に負える範囲に留まるように求められるので、それ以上の行動範囲から出られなくなります。(管理の概念)
社会の中での適材適所の機能と充分に調和できないので、社会的不適合を起こしていくのではないかと思います。
理想の状態と比較してイライラしたり?
内側からの脅迫的な声が聞こえた時は、もしかしたら別の環境に旅立つ為に成長・変化していくタイミングなのかも知れません。
自分が本当にやりたいことは何だったのか、真剣に思いだす時間をとってみてはいかがでしょうか?