評価というものを範囲というフィルターで認識す | 心と体と健康と豊かな人生ととことん向き合うブログ 太田 直

心と体と健康と豊かな人生ととことん向き合うブログ 太田 直

元カイロプラクター&インストラクター

現在は心理学を学び、更にヘルスコンサルタントとしての道を歩んでおります。

皆様の心と体と健康と豊かな人生のお役に立つような情報をお伝えしていきます。

評価というものを範囲というフィルターで認識する。









喫茶店で手描き











友人と話していて、







「成績が悪いのは、先生側の問題です。」という趣旨の発言を知事がしていて、それに反発を覚えたという先生の話になりました。











責任の問題として教育を語ってしまうと、







教師側の



教え方の問題



カリキュラムや教材の問題



教師の運営能力の問題



先生の人格の問題



先生の価値観の問題



先生を育んだ家庭の問題



家庭の両親を育んだ社会の問題



社会の成熟の問題



時代・時系列的問題



、、、問題問題問題







山程の塊のままの問題を







「教師が悪い」の一言で、教師個々人に投げつけるというのは、結構なマインドアタックですよね。







攻撃してくる人に攻撃で返す(反発)のは何処にでもある話です。







問題がハッキリしない苛立ちに加えて、あんたが悪いと(社会から追いやる様に)言っているとも取れる攻撃的発言なのですから、



防衛本能に火がついてもおかしくない。











責任の話であれば、逆に生徒側・家族側の問題であるとしても言いわけで、それだって遺伝だの躾だの問題としていくこともできるわけです。











責任問題というのは、掘り下げれば掘り下げるほど深みにハマる。



ストレス(緊張)も溜まる。







もっと違う見方があるはずです。体が弛緩(リラックス)できるような。











別の見方をしていってみましょう。







「責任問題」とは何なのか。







責任を認識するということの中にそもそもの問題がある様に思えます。



そこで認識について、ひとつフィルターをかけてみたいと思います。





評価をされた時にその評価を

攻撃・ストレス源として捉えるのではなく

自分なりの行動エネルギーや状況改善の為のヒントを得る様に変換していく


情報処理の方法に工夫をするということでもあります。









最初と同じ写真ですが、これは評価をした時のその範囲を図式化してみたものです。







例えば、「先生が悪い」と評価してみた時に、













どこの範囲を悪くいっているの?

















それを知る必要があります。




先生自体も孤立した存在ではありません。



一人の先生にも、身体的要素もあれば社会的な要素もあります。








例えば




先生の身体状況が悪く(ハンデがある・特異的である、脳に腫瘍がある他)、そのせいで生徒の成績が上手く伸びないのか、







先生の発想や思考が悪く(思考が偏っている・突飛である、柔軟性に欠ける他)、そのせいで生徒の成績が上手く伸びないのか







先生が住む社会が悪く(社会通念、システム、連携他)、そのせいで生徒の成績が上手く伸びないのか







先生含む人間の本質・存在、生命体としての法則・摂理が悪く、そのせいで生徒の成績が上手く伸びないのか







或いは発言者の認識が歪んでいるために、評価が歪んでいるのか



(先生の問題の改善=成績の改善とだけしてしまうのは、そもそも乱暴な話。先生達がそもそも乱暴しなければならないほどの反逆心を持ってるならまた別ですけど)











知事の発言がどうであれ、評価を受けた時に、









その問題が何処にあるのか。











それを理解するだけでも、かなり精神的には落ち着くことができます。







どの範囲にあるのかを理解することができれば、

問題を明確にもできますし、

取り組みも明確にし易くなります。



自分に向かっていってるけど、自分は関係ないや。相手の認識の問題だよね。

何てこともあっさりと理解出来る様になります。







評価の受け取り方に適切なフィルターをかけてやることで、評価から受けるストレスが霧散します。













ちなみに写真のフィルターは前向きな評価に使っても良くて、











肉体・能力の素晴らしさ



アイディア・理論の素晴らしさ



社会構造・営みの素晴らしさ



生命・宇宙の摂理の素晴らしさ



発言者の認識の素晴らしさ







などの様にも使えます。







社会や宇宙?のお陰で人に褒められたりしていることがわかれば、



自然と感謝を覚えたり、謙虚になったりもすると思います。









フィルターを使うことで評価そのものを中からみて絶対視するのではなく、



評価をその外側から見てみるということで余裕ができて、リラックスもできるのかな?と思っています。















このフィルターは、他者や自分を分類するには向きませんが、自分に向けられたと思われる発言(逆に関係ないと思ってたけど関係あることを理解する)などを冷静に見極めるのには役に立つツールだと思います。


因みに悪い評価ばかりをフィルターにかけてると、やはり緊張が残る様なので、いい評価についてもきちんとフィルターにかけてあげて下さいませ。





上記のフィルターはインプット

逆にアウトプットする場合は、

自分の中にアウトプット用のアバターを持つことができます。


表現に特化したキャラクター人格(反応的表現プログラム)とも言えます。


ペルソナ(仮面)とも似ていますが、使いわけるペルソナからもっと進んで、自動で価値判断をする様なやつです。

これが複数いたり、未整備なままだと人格が不安定になったり分裂もする様です。

プログラムとは言っても条件反射など反応を応用して、人格としてプログラミングされているので、

発生の原因を探しデリートすることはかなり難易度の高い作業になります。



このアバターについては統合・統率をとり、不要となった人格をデリートしたり、個々人格を磨きより社会的人間的な表現者へと育成する必要があります。

自らは育成者となって、自分の中のアウトプット用の自分を育てていく。

そんな感覚を持つことが大切です。


介助型のアウトプット
受身型のアウトプット(女性的?)
回避型のアウトプット
攻撃型のアウトプット(お喋り?)
返応型のアウトプット
見守り型のアウトプット
引き出し型のアウトプット
近距離型のアウトプット
中距離型のアウトプット
遠距離型のアウトプット

人によって違う表現。好みや個性が分かれるところでしょうから。

好きな表現を磨けばいいんだと思いますが、


例えば、やりたい行動ができないでいる人は、やりたいことをやる場面において受身的なアウトプットをしていると解釈をすることもできます。


他にも色々例はあるのでしょうけど、


詳しいことに関してはまだ研究中というとこで。




ただ、今回のフィルターとアバターとで、自分のメンタルをかなりシンプルにすることができて来ました♪

楽しみながら取り組んでおります。