これに対しては、同じくWikipediaさんに
○犯罪の減少[編集 ]
貧困が直接的にも間接的にも犯罪の多くを生み出しているので、ベーシックインカムの導入によって犯罪率が減少するといった議論がある
とある。
貧困は精神に大きな影を落とす。
貧困の中で生きざるを得なかった世代にしてみては、勿論その中に美徳を見出すものかも知れないが、
では本当に貧困は必要なのかどうかはよく検討されなくてはならない。
歴史からも貧困層と富裕層の確執が問題となることは見て取れるが、それは格差が解決不能であることから、そのシステムを放棄せざるを得なかったというわけなのであって、
現代もその格差がやはり払拭しきれていないという所に現行経済システムの限界を私は感じている。
格差がある以上、貧困層が報われぬ我が身を嘆くということはどうしても生じ得る。人としての当然であると思う。
ベーシックインカムはその格差の問題を解決するものであると信じている。
そして格差のない世界でこそ、人々の真価が発揮されるのであると考えている。
実力は問われる世界になるかも知れない。
つまり貧困のせいでできないという理由を根こそぎ取り払われた世界になる。
それ故に最初は戸惑いやプレッシャーなども感じるだろうが、やはり住めば都であることは変わりないと思う。
向学心を刺激される理由は社会の中に十分に用意されているとも考えられる。
勤労美徳と関係するが、労働は対価だけを目的とするのではなく生きがいを提供するという機能も持つため、目標を喪失する個人が大量に現れるという意見がある[要出典 ]。逆に、ベーシックインカムは働くことを抑制するわけではなく、今まで通り働くのも選択肢の一つだという考えがある[要出典 ]。
上の項目でも書いたが、生きがいを失ったと感じるのは最初だけ、一時のことであろう。
最悪生きがいを探すことから始めれば良いのだから、そんなに大きな問題にはならない。
その手の問題には今の若い世代ではすでに取り組みが行われている。みんななら大丈夫だ。と、周りを見渡して感じる。
経済的活動による生きがいだけではなく、文化的活動による生きがいもある。
趣味を見つける余裕が増えたと思えば、それほどに大きな問題ではない。
実施後も、体調など問題がなければ同じ職場で様子を見て、各々適した道を探すことになるのではないだろうか。
移行期というものは設定したほうが、混乱は少ないかも知れない。
ここで一つ気がかりなのは会社組織が十分に対応していけるかどうかだが、労働の場として魅力的な職場でなくてはならなくなるので、人員確保が当面安定しなくなる時期があるかもしれない。
流動的な人材の管理ができるように準備を必要とされることは明白である。